第35話 決定事項

2連勤を終えて迎えた木曜のサークル活動日。

結局半徹夜になるまで話し込み、櫻木の家でシャワーと仮眠をとらせてもらった和泉だったが、眠気が取れるわけもなく、1限のドイツ語、2限の線形代数を連続して自主休講してしまった。

3限は出席があるからと仕方なく出たものの、この機械金属工学科の研究室紹介を1年かけて持ち回りで紹介するだけのような講義であり、機械工学専攻側の研究室担当であった今日は、講義室で爆睡をかますことになった。

4限の一般教養の講義が行われる教室に移動すると、誰もいない。

同じ講義をとっている他学科の友人に連絡すると、大学のポータルサイトに休講通知が掲載されているとのことだった。


妙にスッキリしたようなスッキリしないような気分で向かった体育館で、同じく3限終わりに暇だからと先に来た面々と合流する。


「和泉くん?」


声をかけられた和泉が振り返ると、そこには広橋がいた。


「おう、広橋。お疲れ」

「早いね。4限までじゃなかったっけ」

「今日休講だったわ。メール全く見てなくて教室行ったら誰もいねえでやんの」

「あはははは、私もあったよ、それ。『寝坊だー!』って1限ダッシュしたら、休講だったパターン」

「そりゃ災難だかラッキーだかわかんないな」

「ほんとに。同じ感じの子もいたから、一緒に朝ご飯食べて暇つぶししてた」

「……ほーん」


和泉大輔は、考える。

広橋歩の、文学部の友人とはどういった人間なのだろうか。

自分は交友関係の広いタイプではなく、学部の友人は講義の時に隣に座ったり、もしくは昼食を共にする程度で、プライベートでの付き合いがほぼない。

広橋は、学部の友人ともプライベートで誘い誘われるような仲だったりするのだろうか。

その中に、広橋狙いの男がいるかもしれないと思うと、少し心にもやがかかった。


「そうそう、こないだはありがとね」

「ああ、アレね。大したことしてないって」

「和泉くんのおかげで本当に気が楽になったんだから。言ったでしょ、お返しさせて欲しいって」

「いいよ、そういうの」

「……わかんないなあ」

「へ?」


広橋が和泉との距離を詰め、じっと彼の目を覗き込んだ。

動揺が悟られないように、和泉は逸らしかけた目をギリギリで止め、広橋の眉間を凝視することで視線を回避した。


「和泉くんって、何考えてるかわかんないな、って」

「別に、何も考えてねえよ」

「いや、何か考えてる目はしてる。けど、わかんない」


広橋のことを考えているとは流石に言い出せず、とりあえず徹夜して遊んでいたゲームのせいということにした。


「ちょっとゲームやりこんで徹夜してたから、ぼけっとしてるんだって」

「そういえばゲーム好きって言ってたね。何やってたの?」

「マイクラ」

「なんか名前は聞いたことある。そんなに面白いんだ」

「気付いたら時間が溶けてなくなってるって感じ。やればわかる」

「へー。今度教えてよ」

「いいよ」

「あ、また和泉くんにお世話になっちゃうね。和泉くんってさ、欲しいものとかない?」


今1番欲しいのはお前だよ――脳内で言えもしない言葉を和泉は叫ぶ。

欲しいもの、欲しいもの。

今、自分が1番欲しいものとはなんだろう。

特に不足していると感じるものは、ない。

今度出る新作ゲームが欲しいといえば欲しいが、所謂エロゲというやつの名前をこの場で出す勇気はない。


「あ、和泉くんだ」


頭を捻ってもこの場に適したものが出てこないという中で、三尋木が姿を見せた。


「おっす」

「歩ちゃんどこ行ったのかなと思ってたんだけど、和泉くんと一緒だったか。お邪魔だった?」

「いや、全然」


嘘である。

ちょっとだけ、2人きりの時間が終わって残念である。


「そんなことないよー。ねえねえ文ちゃん、和泉くんの欲しそうなものってなんだと思う?」

「私に聞いてどうすんの、それ」

「だって和泉くん答えてくれないんだもーん」

「ないものは答えらんねえんだよなあ……」


後頭部の髪をくしゃくしゃと握りながら「いっそクソ高いPCとか答えようかな」と思っていると、三尋木が「あ」と俺の顔を指さす。


「ワックス、どうよ」

「あー、いいかも!」

「へ? なんで?」

「和泉くんさ、バイト中以外いっつも髪適当じゃん? せっかくイケメンなのに、もったいないなって」

「えー……いいよそういうの」

「私も思ってた。文ちゃん、ナイス!」

「多分貰っても使わないっていうか、そもそも花音さんに教わったあの髪型以外知らないっていうか」


その言葉を聞いて、三尋木が目を光らせた。


「……歩ちゃん、これはチャンスだよ。この隠れイケメン和泉大輔を好き勝手できるチャンスだよ。和泉くん、明日何限まで?」

「え? 3限までだけど」

「じゃあ私達と一緒だね。図書館下の食堂で待ち合わせでいい?」

「へ? どういうこと?」

「和泉くん、来てくれるよね?」

「なんで?」

「いいから、来て!」

「……はあ」


美人女子大生2人に予定を押さえられたにもかかわらず、和泉大輔の頭には困惑のクエスチョンマークが浮かぶのみであった。





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