第34話 一歩踏み出す勇気
翌日、翌々日。
俺も真奈美もバイトがあるため、お互い会える時間を取れずにいた。
その間、LINEのやり取りはしたものの、月曜日に広橋との間にあったことは話していなかった。
広橋が、本当は諦めてないかもしれない。
ここまできて、もしかしたら告白を断られるかもしれない。
そもそも告白するなら、しかるべき場所でしかるべき雰囲気でした方がいいんじゃないか。
そんな薄いとわかりきっている可能性や、どうしようもない固定概念が俺に二の足を踏ませた。
真奈美からは、特に広橋について聞いてはこない。催促に思われるのは嫌だろうし、俺を信頼して待ってくれているということの表れだと思う。
だからこそ、早く告げるべきだと思う。
思っては、いる。
そんな状態のまま、水曜日のバイトが終わった。
着替えを済ませて仕事終わりの一服を味わっていると、そこに和泉がやってきた。
「櫻木さん」
「ん?」
「今から櫻木さんの家、お邪魔していいですか」
「いいよ」
俺は、半分以上燃えずに残った吸い殻を灰皿に落とした。
「すみません。吸い終わるまで待つつもりだったんですが」
「部屋の中で普通に吸うから、いいんだよ」
「そうでしたっけ。すみません」
「謝らんでいいってのに。あ、うち酒しかないから、途中でコンビニ寄っていいか」
「お気遣いありがとうございます。是非」
和泉を連れてコンビニに入ると、2リットルコーラとカップのアイスをいくつかカゴに放り込んで、会計する。
どうせそろそろ暑くなってくる時期だし、アイスはいくつかストックしておきたかった。
「すみません、こっちが押しかけるのに」
「先輩というのはそういうもんなの。来年は和泉もこうなれ」
「はい」
部屋に戻ると和泉を座らせ、2つを残してアイスを冷蔵庫に放り込んだ後、氷の入ったグラスにコーラを注ぎ、乾杯する。
「俺、アイスくり抜くやつ買おうかな」
「何するんです?」
「コーラフロート作れるじゃん」
「ありっすね。俺も買って家で作ろうかな」
「そういや『FOREST』にもなかったよな、あれ。経費でいくつか買って、こっそり貰って帰れないかな」
「店の金でコーラフロートですか。クズですね」
「話を聞いたからには共犯者だぞ」
「勘弁してくださいよ」
そんな他愛ない話をしながら、どちらからでもなくアイスをスプーンですくって、グラスの中の氷に乗せる。
コーラを注ぎ直し、ずいぶん不恰好なコーラフロート2つで、今度はグラスを合わせずに乾杯した。
「で、このために来たんじゃないだろ」
「そうでした。あの、櫻木さん、実は俺、一昨日『FOREST』にいたんです」
「……そうか」
「着いたのは、櫻木さんが帰った後ですけどね。花音さんに呼び出されて来たら、広橋がいました」
「……そういうことね。花音さん、いなかったろ」
「はい」
「……花音さんに、広橋狙いみたいな話、した?」
「……しました……」
全てが森花音のアシストによるものだったと悟った和泉は、少し肩を落とす。
「ま、花音さんにはいつか感謝でも文句でも言っときな」
「……はい。それで、その、広橋から、聞きました。おめでとうございます」
「……すっげえ言いづらいんだけどさ」
「はい?」
「俺、まだ真奈美に告ってない」
「……はあ?」
和泉が、グラスを落としかけた。
がくりと落ちた顎のせいで間抜けなまでに口は開きっぱなしになり、コーラフロートのアイス1個くらいなら余裕で突っ込めそうだった。
「いやさ、広橋をきちんとフッてからってことになって、広橋には説得力のあるように『付き合うことになった』と嘘を」
「俺、櫻木さんがそこまでだとは……」
「待て待て待て待て、違う、これは真奈美も了承済みだから」
「了承済みって、西野にそう言ったんですか!?」
「……言った。めちゃくちゃ怒られた」
「でしょうね」
和泉は苛立ちを抑えるためか、グラスをひと呷りして中の氷を口に含むと、バリボリと噛み砕き始めた。
「で? 2日経ってもまだそのこと言ってないってことですか?」
「そうなる」
「そうはならんでしょ」
「なっとるんだなあ」
氷をしばらく砕き続けた和泉が、十分に細かくなったであろう氷を丸呑みし、大きく冷え切ったため息をついた。
「櫻木さん、一歩踏み出す勇気、大事ですよ」
「そういう和泉は、踏み出したのかよ」
「あの後、広橋に注文されましたよ。『おすすめひとつ』って。で、カシスソーダ出しました」
「……やってんな、オイ」
「やってんですよ。だから櫻木さんも、やってください」
「……明日、サークル後だな。流石にもう遅い時間だし」
また1個、和泉が氷を口に含む。
俺もそれを真似して、氷を1個口に放り込んでみた。
俺の中の不安が氷と一緒に砕ければいいなと思いながら、奥歯で氷を噛み締めた。
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