第31話 本当の姿

『えっと……歩ちゃんの高校時代の噂は、櫻木さんが想像してた感じの通りです』

「……そうか」

『なんなら援助交際エンコーしてたとか、500円で股開くとか、そんなことまで言われてましたよ』


俺は、時々不思議に思う。

どうして、他人の悪口をここまで下品に、そして気軽に言えるのだろうか、と。

そいつが、お前に何をしたんだ?

何もされてない相手を、どうして大した興味もない相手を、そこまで貶めることができるんだ?


「……ひどいな」


名も顔も知らない広橋の元スクールメイト達に、怒りを募らせる。


『そんなことが広まったのも、元は冤罪からなんですけどね』

「冤罪?」

『歩ちゃんが3年に上がった時、当時のサッカー部のキャプテンが歩ちゃんに告白してきました。最初は歩ちゃんも断ったらしいんですけど、何度も告白されるうちに、折れちゃったみたいで。歩ちゃん、弱小校ではありましたけど、うちの女子バスケ部のエースでしたから、結構花形カップルみたいになってたんですよ』

「それが、なんで……ああ、そういうことか」

『多分お察しの通りです。サッカー部のキャプテンなんて人気物件が取られたんですよ、そりゃあ妬み僻みがものすごいことになりまして。根も歯もないクソみたいな噂が流れるわ、流れるわ。何が1番クソかって、彼氏のくせに彼女のこと信じないで別れたあのクソ男ですよ。別れてしばらくして、通りすがりに偶然、あの時ヤっとけばよかった、って聞こえた時、マジでぶん殴ってやろうかと思いました』

「……酷いな、そいつ」

『それで、そのクソみたいな噂を信じて歩ちゃんとヤろうとするカスが次々に。私も歩ちゃんと仲良かった子達もブロックしようとしてましたけど、どうしても限界はありました。そんな中で、1人だけ男子で歩ちゃんのことを守ってくれた人がいたんです。物静かでぶっちゃけ陰キャっぽかったですけど、歩ちゃんはそいつのこと好きになっていったみたいですね』

「……その男子とは、どうなったんだ」

『なんか、そいつの幼馴染だかなんだかが、寝取っていきましたよ。いやまあ正式にそいつと歩ちゃんが付き合ったわけじゃないんで、寝取ったっていうのが正しいかはわかんないですけど』

「……それで、広橋は……」

『いっそ先にヤっちゃえば、心を繋ぎ止められるんじゃないかって思っちゃったみたいですね。実際はヤり捨てられるだけだったみたいですけど』

「……三尋木は、止めなかったのかよ」

『止めなかったと思いますか? 次こそは体目的じゃないって信じては裏切られる歩ちゃんを見て、私が何も感じなかったと思ってるんですか!?』


三尋木の怒りが、声の震えが、耳元から伝わる。

そんなことにすら思い至らなかった自分を恥じて、俺は失言を詫びる。


「……三尋木の言う通りだよ。申し訳ない」

『……いいですよ、私も熱くなっちゃってすみません』

「広橋は……なんで、そんな経験して、あんなに……」

『強い子だと思ったら間違いですよ。そこらへんの神経がもう壊れて機能してないだけです。彼女持ちとヤって寝取る側に回った時、あの子、笑ってましたから』


言葉が、出ない。

広橋が経験してきた人生から見たら、俺の人生はぬるま湯もいいところなのだろう。

他人の悪意のない中、純粋な愛が育まれ、嫉妬心や猜疑心に駆られることのない世界。

そんな理想論的な世界で生きてきた俺は、ただの甘ったれのカモに見えたのかもしれない。


『で、大学入ってサークル新歓回ってたら、なんか目の前で突然元カレと元カノの再会見せつけられて。あれ、傑作でしたね』



今思い返せば、最悪の再会だったように思う。

けれど、あの再会がなければ、今頃俺はどうなっていたのだろうか。

少し頭を回してみたが、何も想像ができない。

真奈美と再会していないIF世界のことが考えつかないくらいには、俺の心は彼女に溶かされていた。


『1回生女子会で西野さん本人に聞いたら、なんか自分だけ落ちたのが恥ずかしかったとかなんとか。なんか面倒くさかったんで忘れちゃいましたけど、とにかく元カレ追いかけてきたって言うし、ちょくちょく見る限り、櫻木さんもより戻すのに満更じゃなさそうでしたし』

「実際、1年経っても未練タラタラなのは事実だったからな」

『ぶっちゃけ、西野さんが櫻木さんのことフッた理由、嘘だと思ってたんですよね。おふたりさんを見てたら嘘じゃないって思えるようになりましたけど……ただ、歩ちゃんはまだ嘘だと思ってるみたいですよ』

「……そうか」

『櫻木さん。お願いです。歩ちゃんを、救ってあげてください』

「おう、任せとけ。半分は、手伝える」

『……半分?』

「俺は、広橋と付き合うつもりはない。だから、半分。そこから先は……いや、本人のために内緒にしとくわ」

『……なるほど、歩ちゃんに惚れてる人、いるんですね』

「……まあ、そんなところだ。俺に負けず劣らず、純情チェリーボーイだぞ」

『あはは、もう誰か言ってるようなもんじゃないですか。隠れイケメンで本気出せばモテモテになれるのに野暮ったいままだし、寄ってくる女の子に何の興味も示してないなと思ったら、そういうことですか』

「あまり、いじってやるなよ」

『しょうがないですね。後の半分は、その誰かさんに任せるとしましょうか』

「……しかし、意外だなあ」

『何がですか?』

「そんな広橋と一緒に物事を見てきた三尋木が、ナンパから救ってもらっただけで男にときめくなんてな」

『う、うっさいですね! 私、ちょろくなんてないですから!! みんな男が歩ちゃんにしか目がいかない中で、歩ちゃんより私のこと見てくれてる素敵な人だななんて別に思ってないですから!!!』

「……そこまでは言ってねえし。つか、自分から何バラしてんだよ」

『言ってなくても絶対そう思ってますー! 石橋さんは隙あらばボディタッチみたいなことしてこないですもん! 私ならヤれそうとかいう目で人を見てないですもん!』



……あのカラオケ屋の喫煙所で、バッシーが1回生女子の吟味会をウタと一緒にやっていた事実は、俺の中に一生しまっておいてやろう。誰が狙い目かであって、誰ならヤれそうかという話ではなかったし、黙っていても嘘をついたことにはならない。

感謝しろよ、バッシー。

そしてすまんな、三尋木。


とはいえ、このままだと流石に三尋木に申し訳ないので、バッシーの性癖でもバラしてやろう。



「なあ、三尋木」

『なんですかっ』

「バストサイズ、いくつだ」

『はあ!? いきなりセクハラですか!? 最ッッッッッッッッッッ低!!!!』

「うるせえな、貧乳。俺はちんちくりんには興味ねえんだよ」

『なっ、貧、言ってはいけないことを……っ!』

「ちなみだが、バッシーは絶対的な貧乳派だぞ。喜べ」

『……う、ぐ、くぅ〜〜〜っ……!』



三尋木って、結構面白いやつだな。





――そして話は、今に戻る。


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