第30話 予想外の相手
俺は、三尋木の連絡先を和泉から聞き出し、電話をかけた。
友達登録がなされる前にいきなりかけたのは礼節を欠いた行動だとは思ったが、急ぎで聞き出す必要があった。
『はい、もしもし』
「もしもし。いきなりごめん、櫻木だけど」
『いきなりかかってきてびっくりしましたよ』
「申し訳ない。今、1人か?」
『はい。何の用件でしょうか』
「よかった。ちょっと広橋について聞きたいことがあって」
『何を知りたいんですか?』
電話口の向こうの声が、警戒度上昇モードに変わった。
「高校時代。前に三尋木が言ってた『悪い意味で有名』ってなんだ」
『歩ちゃん本人に聞けばいいじゃないですか』
「流石に聞けないだろ……なんとなく察しはつくけどさ。男とっかえひっかえしてたとかそんなんじゃないの。付き合う前にとりあえず体の相性見るとか言ってたし」
『ま、そんなところですよ』
「なあ、本当のとこどうなんだよ」
『本当のとこって、なんですか』
「何か、隠してるだろ」
俺の耳には、それから10秒間何も聞こえなかった。
「……沈黙は肯定と受け取るぞ」
『……なんで、知りたいんですか。歩ちゃんの高校時代』
「きちんと広橋のこと、理解してあげたいから」
『えっ……あの、櫻木さんって、西野さんのこと好きなんじゃ』
「そうだよ。ていうか付き合うことになったし」
『へっ!? あ、その、おめでとうございます……? ん? え? じゃあ、なんで歩ちゃんのこと』
「あのままじゃ、俺たちが付き合っても関係なく暴走しかねないと思ってさ。ちゃんと広橋には、次に進んでもらいたいから」
『えっ、えぇー……マジですか』
「なんだよ、おかしいかよ」
『櫻木さん、優しすぎません? 勝手に惚れてきた女の子のアフターケア、普通しないですよ』
マイクに息が当たる音がする。
おおかた、大きいため息でもつかれたのだろうが、これが俺なんだから仕方ない。
『仕方ないですね。交換条件です。櫻木さんからも情報提供してください』
「いいよ。何が知りたい?」
『……その……石橋さんって、彼女とかいたり……しますか』
急に出された俺の友人の名前に、頭にハテナマークが浮かぶ。
ちょっとダミ声入ってて、ちょっとばかしお調子者ってだけの、別にそこまでイケメンってわけでもない、中肉中背の何の変哲もない男、石橋剛。
三尋木のような女が惚れる要素なんて、ないはずだったが……。
「……いない、と思うけど。え? マジ? バッシーなの? 三尋木が?」
『う、うるさいですね!』
「マジで? バッシーだぞ? あんなののどこがいいんだ?」
『私が好きな人の悪口言わないでください! 歩ちゃんのこと、何も喋りませんからね!』
「あーはいはい、わかったわかった、ごめん、謝る」
『……くぅ』
姿は見えないが、頬を膨らませて拗ねた三尋木が目に浮かんだ。
目尻には涙とか浮かべてそうだな。
「ていうか、こないだ三尋木が狙ってる相手。教えてくれなかったじゃん」
『櫻木さんが呆れ返るほどバカ真面目でクソ優しいってわかったから教えてあげるんです! そんなのいいからさっさと情報出してくださいよ!」
「その前に、改めて聞かせてほしい。バッシーの、どこがいいんだよ」
『……その、こないだ用事があって
そして、神部以南は竹田以北にくらべ、ちょっと治安がよろしくない。ナンパのひとつやふたつくらい、三尋木が受けることは容易に想像がつく。
『3対1で取り囲まれて、逃げ場なかったんですけど、石橋さんが偶然いて……』
「助けてもらったと」
『……はい』
「えっ、そんな漫画みたいなことある?」
『あったんですよ! 悪いですか、そんな少女漫画でも使い古されたようなシチュエーションにきゅんきゅんして! どうせ櫻木さんのことだから、ビッチのくせにそんなことにときめいて可愛い奴め、とか思ってるんでしょうけど、私は歩ちゃんと違ってバッキバキの処女ですからね!!!!』
「いや、悪くないし、そこまで言ってもないけど……しかし、バッシーもやるなあ」
『……うぅ、やっぱり言うんじゃなかったぁ……』
「よし、好きなだけ俺が協力してやる。流石に勝手に教えられないこともあるけど、趣味・嗜好・味覚くらいならいくらでも聞いてくれ」
『……櫻木さんのくせに、ちょっと頼もしいの、なんなんですか』
「……やっぱこの話ナシな」
『わー! わー! ごめんなさい! 歩ちゃんのことちゃんと話しますから!』
「……そうだな。まず、そっちから聞かせてくれるか」
――三尋木の口から出た事実は、俺の想像を遥かに超えていた。
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