第29話 通告

週明けの活動の後、俺は真奈美からの怨念のこもった視線を感じつつ、広橋を呼び出した。

待ち合わせ場所の『FOREST』に向かおうとすると、美濃さんと小刀さんに頭を殴られた。小刀さんに到っては鳩尾にも一発入れられた。何故だ。


本来、月曜日は定休日となっている『FOREST』だが、こないだの臨時バイトの例として場所の提供だけしてもらえた。

酒や食事が欲しければ持ち込むか、使用した材料と分量を記入して自分で作れとのこと。

ただ、込み入った事情であると察した花音さんが、裏で待機だけはするとのことだった。

余計な茶々が入らなければそれで良かった俺は、その条件を了承した。




原付を一旦アパートの駐輪場に置き、歩いて『FOREST』に向かう。ドアを開けると、広橋が既に奥のテーブル席に座っていた。


「悪い、待たせたか」

「さっき来たとこなんで。嘘じゃないですよ」

「別に疑ってないよ」


俺は冷蔵庫を開けて、ホットミルクを作る準備をする。


「え、勝手に開けていいんですか」

「うん、後で俺に請求来るから。普通に営業日でも奢るつもりだったし、気にしなくていいよ。またホットミルクでいい?」

「はい、お願いします」


出来上がるまでの間、しばしの沈黙が流れる。

もしかしたら、広橋も今からの話がいい話ではないと理解しているのかもしれない。

ちらりと見ると、彼女は膝に丸めた手を置き、少し俯き加減でじっと待っていた。

自分の分のビールを注ぎ、ホットミルクと一緒にテーブルに置く。


「お待たせ」

「ありがとうございます」


グラスを合わせ、ビールに口をつける。

清内キャンパスのある清内市、そして『FOREST』がある池橋市と隣り合う篠尾しのお市特産のローカルビールは、今から告げる言葉を示唆するかのように強い苦味を口内に広がらせた。


「広橋、今日呼び出した理由だけどさ」

「……はい」

「俺、やっぱり広橋の気持ちには応えられない」

「知ってます。でも、私は諦めないって――」

「そういうことじゃないんだよ」


広橋の言葉を遮って、少し強めに告げる。

もう一度ビールを口に含む。

広橋にとって、今から告げる言葉はこの味の比じゃないはずだ。

でも、苦い思い出だって、時には必要だ。


「俺、真奈美と付き合うことになった」


嘘だ。

まだ付き合ってはいない。

嘘はつきたくないが、今回ばかりは方便として使わせてもらう。

しかめっ面の理由をビールのせいにしてつく嘘は、口内に残った苦味をより強くした。


「……そう、ですか。でも、奪い取ります」

「別れないよ、俺たちは」

「知らないです。櫻木さんが、好きだから」

「広橋、諦めてくれ」

「嫌です」

「この通りだ」

「嫌です。嫌、嫌、嫌っ」


子供のように駄々をこねて泣きじゃくる広橋に、俺は頭を下げ続けるしかなかった。


「広橋は、次に進むべきなんだよ」

「嫌です、私は、櫻木さんがいいんです」

「……俺以外にも、一途で純情な男はいるだろ。俺は、真奈美がいいんだよ」

「……なんで、そんなに西野さんがいいんですか。櫻木さんをフッた女ですよ。普通、より戻すなんてあり得ないでしょ。あんな女より、私の方が先輩に尽くせるのに! 心も体も、好きにさせてあげるのに! なんで一度別れたのに、平気な顔で戻ってこれるんですか! 櫻木さんの甘さにつけこんで、ああいう人ほど平気な顔して浮気するんです! どうせ西野さんが櫻木さんフッた理由だってあんなの大嘘で、実際は浮気なんでしょ、それなのに――むぐっ」


金切り声を上げて叫ぶ広橋の隣に座り直し、俺はそっと彼女を抱きしめる。

広橋は、ただ知らないだけだ。

広橋は、ただ気付いていないだけなんだ。


「……なんで、そんなに優しいんですか。今、わたし、さくらぎさんの、かのじょの、わるぐちっ、いって」

「三尋木から、聞いたよ」


ひゅっ、と胸の中で乾いた音がした。




――時は、1日前に遡る。








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