第28話 おあずけ&おあずけ

「俺、は」


真奈美が言った「私」に含まれる期間は、一体いつからいつまでなのか。

そんなことは、言われなくてもわかっている。


「ね、こうしてるとわかるでしょ」


今、「私」に支配されている俺の五感の80%が、それぞれ俺に対して示している。


「ちょっと筋力も落ちたし、体重も増えちゃったかな。でも、実はバストサイズは1つ上がってたりするんだよ。へへへ」


首周りの腕の締め付け、2つの柔らかさが触れている面積の広がり、そしてその他諸々の箇所に触れる彼女の肢体。


「メイクだって大人っぽくなったでしょ」


眼前に迫る真奈美の顔。


「お酒だって飲めるようになったし、タバコだって吸えるようになった」


互いのアルコール混じりの呼気。


「私も、変わったんだよ」


少し掠れ気味になった真奈美の声。


「そんなは、きらい?」


あの頃と違った彼女を、それぞれが示している。

そして、俺がそれらに惹かれていることは、心臓の鼓動の速さが何よりの証明になっていた。


な、単純に考えれば簡単な話だろ――あの日相談した美濃さんが、そう語りかけた気がした。

しょうがないじゃないか、面倒くさい俺が、俺なんだから。

けど、今この瞬間だけは、シンプル・イズ・ベストでいこう。


「……真奈美」

「なーに」

「目、閉じて」

「……うん」


ぐぐっ、と後ろ首に感じる力が強くなったのを合図にして、最後の五感の支配権を真奈美に預けた。














数分前の俺は、自分が土下座していることなど想像もしていなかっただろう。


「……信じられない」


そして、あんなに甘い雰囲気になっていた相手が、仁王立ちしていることも。


「大変申し訳ございません」

「ほんっっっっとに慎吾って、変な所で面倒くさいしクソ真面目だよね!! 普通あの場面で他の女のこと考える!?」


どう考えても、完全に俺から告白する流れだった。

なんならそこからシャワー浴びて、その、まあ……然るべき行為に行くような雰囲気さえあったと思う。

しかし俺は、「きちんと広橋に諦めて貰ってから」と、真奈美をどかし、帰宅の準備を始めたのであった。

客観的に見れば、ドン引きである。

この話を美濃さんや和泉にすれば、吉本新喜劇よろしくズッコケるのは容易に想像ができる。

けれど、やっぱり俺は、広橋をあのままにしてはいけないと思ってしまったのだ。

結果、保留。

そうはならんだろと思われるかもしれないが、なっているのだ。


「本当に仰る通りでございます。ですが、私めに、できれば広橋と話す機会をいただけないでしょうか」

「……私も行く」

「いえ、一対一がいいです」

「やだ」

「浮気などは決していたしません」

「知ってる。私が行かない方がいいってのもわかってる」

「何卒お願いいたします」

「……今度、買い物付き合え」

「仰せのままに」


保留の代償は、今日の臨時バイト代じゃ足りなそうだった。



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