第27話 Question Two

結局、俺の上がり時間まで長々と居座った真奈美を送っていくことになった。

度数の高くない酒をチョイスしてはいたが、量を考えるとアルコールの摂取量はそこそこ多かったと思う。

それでもフラついたりしないあたり、真奈美はけっこう酒が強いタイプだなと再確認する。


「和泉くん、けっこう声かけられてたね」

「そのうちモデルとかでスカウトされたりしてな」

「あはは、実際あり得ないとは言い切れないよね」

「あれだけモテモテだと先輩として型なしだわ」

「なるほど、慎吾はモテモテになりたいんだ」

「そりゃ、まあ」


誰だってそうじゃないか。

実際は面倒臭いだけなんだろうけど、目の前で後輩がキャーキャー言われてたら、妬みのひとつくらいは出てくる。


「ふーん。これ以上モテたいんですか、そうですか。最近は三尋木さんとも仲良いみたいだし? 後輩キラー?」

「三尋木は違うだろ。ただの広橋の友達だし」

「どうだか」


冤罪で取調室にぶち込まれる容疑者の気分を味わっている間に、真奈美の家に到着した。

真奈美に背を向けて歩き出そうとした時、声がした。


「……ねえ」


その呼びかけに返答する前に、俺の手が握られる。


「慎吾、ウチ上がっていってよ」


真奈美は、アルコールのせいか少し赤らんだ頬を緩ませ、おどけたように笑う。

その表情とは裏腹に、彼女の言葉には真剣味が多量に含まれていた。


「私、まだまだ話し足りない」

「バカ言うな。今何時だと――」


きゅっ、と真奈美が握る手の力を強くする。

俺にはその手を振り解く力は十分にあるし、今までのように彼女の誘いを断るだけ――


「ダメ。逃がさない」


その一言は、まるで影縫いのように俺の体を硬直させ、そして全身から俺の力を奪った。

真奈美のなすがまま、俺は家に連れ込まれてしまった。







「お邪魔、します」

「はい、いらっしゃい。ソファ座ってて」


3階建てアパートの最上階、角部屋。

そんな真奈美の部屋からは、女子特有の少し甘い香りがした。

普段ドアを開ければヤニの臭いが鼻をつくのに慣れているだけに、逆に居心地の悪さを感じる。


「真奈美って、家じゃ吸わないのか?」

「ベランダ」

「なるほどね」


大抵の喫煙者がそうであるように、真奈美もまた、ベランダに蛍の光を灯すタイプだったようだ。

家の汚れを気にせず部屋の中で吸う俺がレアケースなのは承知しているが、真奈美が俺の部屋で遠慮なく吸うところを見ているだけに、勝手に同族だと勘違いしていた。

点灯していないテレビを焦点の合わない目で眺めていると、目の前にハイネケンの瓶が2本置かれる。


「はい。お仕事お疲れ様でした」

「今から飲むのかよ」

「もちろん」


隣に座った真奈美が手際良く栓を開け、片方を俺に手渡す。

仕方ない、口だけつけて誤魔化すことにしよう、と心に決め、瓶と瓶を合わせた。

やけに重厚に聞こえるガラス音を皮切りに、2人きりの夜がスタートした。






「で、なんだよ。話したいことって」


そっ、と俺の右手に真奈美の左手が重なる。

心臓がひとつ、大きく跳ねた。


「じゃ、慎吾の好きな女の子の話」

「……ノーコメントで」

「ありゃ。ダメか」


初っ端から何言わせようとしとんじゃ。

こんな場で告白などしたくはない。


「じゃあ、私の好きな男の子の話、先にしよう。慎吾が好きな女の子は、その後で」

「『その後で』って……そもそも、真奈美が好きなのって、俺じゃないのかよ」

「ぴんぽーん、大当たりー」


真奈美が、瓶を挟んでほとんど音の出ない拍手をする。

自惚れているわけではないが、流石にこんな簡単な問題を正解して拍手をもらっても、逆に白ける。


「じゃあ、別にしなくていいだろ、そんな話」

「なんで?」

「なんで、って、そりゃ――」

「私、今日の慎吾を見て思ったんだ。私の知らなかった慎吾が、またひとつ増えたなあって。タバコ吸うようになってたり、大葉が食べられるようになってたり。そんな慎吾」

「……こないだも言ったろ。変わったとこ、あるって」

「そうだね。バーテンダー姿の慎吾、カッコよかったよ。写真で見るより、やっぱ生だね」


面と向かってカッコいいと言われると、少し照れ臭い。

紅潮しそうな頬を誤魔化すために、ぐいと瓶を斜め45度に持ち上げた。

重力に従い口内へ落ちてくるビールを、そのまま喉へ、胃へ流し込む。

ふと、真っ暗なテレビが目に入る。

そこには、俺をまっすぐ見据える真奈美の様子がぼやけて映っていた。

ちらりと横目で確認すると、真奈美と目が合った。いや、合ってしまった。

それを確認した真奈美は少しだけ頬を綻ばせる。


「私、こうも思ったんだよ」


それだけ言うと、俺に抵抗する暇すら与えず、俺の太ももに跨り、首の後ろに手を回してきた。

いつか感じた硬い感触とは別の硬さが背中にひとつ。そして、同じ柔らかい感触が今度は前にふたつ。


「慎吾の好きなとこ、またひとつ増えたなあって」


薄々、そうなんじゃないかと思っていた。

真奈美は、きちんと変わった俺に気づいていて。


「それから、私のまだ知らない慎吾も、きっと全部好きなんだろうなって」


そんな俺まで、好きでいてくれているって。

じゃあ、なぜ美濃さんや和泉にあんなことを言ってしまったのか。

なぜ、「また付き合おう」とはならないのか。


「さ、慎吾の好きな女の子の話に戻ろっか」


過去の思い出を引きずり、過去の恋を引きずり、今の相手を好きになれている自信がなかったのは――


「慎吾は、のこと、好き?」


――俺じゃないか。






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