第26話 こくり、こくり

三尋木が狙っている男については興味があったが、「和泉くんの好きな人を教えてくれたら」との交換条件を出されたので、仕方なく手を引いた。

「いずれわかりますよ」とのことだったので、多分サークル内にいるとは思う。

とはいえ、三尋木が広橋の味方をして、和泉の障害になるのは避けたい。


その和泉はというと、2日目とは思えないほど順調に仕事をこなしていた。

もしかしたらマジでクビにされるかもしれない。

とりあえず仕事をサボって喫煙するのは辞めなきゃいけないかな、と休憩時間中に箱に残った最後の1本を吸いながら思うのであった。




翌日のサークル活動日、1回生の女子グループLINEに和泉と俺のツーショットが出回っていたらしく、和泉はけっこうな人数に囲まれていた。

おかしいな、俺のところには1人も来ないぞ。


「『おかしいな、俺のところには1人も来ないぞ』って顔してるね」

「絶対真奈美のせいだ」

「言っとくけど、『慎吾は私のだから手を出すな』みたいなことは誰にも言ってないからね? 普通に1回生女子の間じゃ人気高い方だよ、慎吾は」

「真奈美が隣にいちゃ来るもんも来れないだろ」

「私が慎吾の隣にいたいだけですー。ほら、広橋さんと三尋木さんは遠慮なくこっち来るよ」


真奈美が顎でくいっと指した先には、確かにこちらに向かってくる広橋と三尋木がいた。


「三尋木、写真回したらしいけど、許可取ったのかよ」

「和泉くんにはOKもらいましたよ?」

「おーれーのーは?」

「あれ、取ってないですっけ。まあいいじゃないですか、皆和泉くんのとこ行っちゃったんですから」

「私は櫻木さんのところにちゃんと来ましたよ。どうですか、惚れました?」

「私がいの一番に来たんだけど?」

「あ、いたんだ、西野さん。気づかなかった」

「へえ、相変わらず視野は狭いみたいだね」


あの、おふたりさん、サークル活動中に火花を散らさないでくれますか?

三尋木もニヤニヤするんじゃないよ。

ムカついたので、その日のガチマッチは和泉を強制参加させ、叩きのめしてやった。

真奈美からすら白い目で見られたが、俺は気にしない。




――翌々日。


『ごめん! 櫻木くん、今日出てこれない? 守屋もりやくんが風邪引いちゃったって』


昼まで惰眠を貪っていた俺は、そんな着信によって叩き起こされたのであった。

土日に普段シフトが入っている守屋もりやとおるさんが風邪を引いて、土日両方休みにしてほしいとのこと。

普段人が入りたがらない土日の夜に働いてもらっている守屋さんのためとあらば、俺だって重い腰を上げるしかない。


【ごめん、もう花音さんから話行ってるかもだけど、今日シフト代われない?】

【さっき電話来ました。OKです。お大事に。】

【助かる。ありがとう。】


「Sorry」とクマがペコペコ謝るスタンプの投下に「NO PROBLEM」とサムズアップするスタンプを返し、出勤の支度に入る。



午後9時。

少しずつ客が入ってきて、忙しさが増してくる頃。


「いらっしゃいませ」

「こんばんは。和泉くん、今日初出勤だよね――って、慎吾? 今日シフトだっけ?」


真奈美が、来た。


「守屋さんが風邪引いたから代わりにね」

「そうなんだ。何気に初めてだね、慎吾が働いてるとこ見るの」

「火曜と水曜にお互いシフト入ってるからなあ。注文どうする?」

「そうだね。いつも通りハイネケンで」

「……マジ? ハイネケン?」

「なに、悪い? 苦味少なくて飲みやすいじゃん」

「かしこまりました」


専用の冷蔵庫から瓶を1本取り出し、栓を抜いて渡す。

ハイネケンは直飲みに限ると思っているので、グラスは出さない。

真奈美もそれを理解しているからか、何も言わずに瓶に口をつける。


「ぷはっ。美味しい。……なに、じろじろ見て」

「いや、俺の知らない真奈美だな、って」

「それを言ったら、目の前の慎吾も私が知らない慎吾だよ」

「それもそうか」

「それもそうだよ」




こくり、と真奈美の喉がなる度に、夜は更けていく。






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