第25話 名女優
「え? 和泉くん、って、え、ほんとに?」
「本当。今日からここでお世話になってる」
「へぇー……全然印象違うね……歩ちゃん、なんでわかったの?」
「なんか聞いたことある声だなーって思って」
「へぇー! すごいね歩ちゃん!」
ぱちぱちぱち、と三尋木が拍手をする。
広橋はミルクを飲んで、照れ臭さをごまかしていた。
「バレないように仕込んだつもりなんだけどな」
「仕込まれたつもりなんですけどね。あ、もしかしてさっき変な顔してたのって、誰の声か思い出してたから?」
「変な顔って言わないでよ。理由はその通りだけど」
「ねえ和泉くん、お酒ってもう作れる?」
「まだまだ、とてもじゃないけど無理」
「そうなんだ。って、そういえば今日からだもんね」
「頑張って覚えるよ」
「ちょっと写真とっていい? 櫻木さんも一緒にお願いします」
「いいけど、櫻木さんは?」
「他にお客さんもいないからいいけど、普段はダメだからな」
「ありがとうございます」
写真撮影も終わり、話がちょうど盛り上がってきたところではあるが、そこに3人組の客が来店した。
この場を去らせるのは忍びないが、和泉に客の相手の練習を積ませることも、教育係としての重要な仕事のひとつだ。
「いらっしゃいませ」
「いらっしゃいませ。和泉、行くぞ」
「はい。ごめん、また後で」
「はーい、いってらっしゃい」
三尋木が笑顔で手を振る向こう側で、広橋は少し名残惜しそうな目をしていた。
その後増える客足のせいで、俺と和泉が彼女たちの元へ戻ることは注文時以外なかった。
午前1時。バーの営業は続くが、学生アルバイトはここまでで勤務終了となる。
「2人とも、お疲れ様ー。和泉くん、どうだった?」
「色々覚えることあって大変ですけど、花音さんも幹生さんもお優しいですし、櫻木さんもいるので頑張っていけそうです」
「ならよかった。早く一人前になって、私たちに櫻木くんをクビにさせてね」
「勘弁してくださいよ、花音さん。ここしか雇ってくれるとこないんですよ、俺」
「冗談冗談。もっとシフト入って欲しいのは事実だけどね。じゃ、また明日。おやすみ〜」
「おやすみなさい」
「おやすみなさい」
こうして、和泉の初勤務は終わった。
翌日、三尋木が1人で店に来た。
和泉に応対させようとしたが、別の客も直後に来たので、顔見知り以外に接客をさせる方が経験になると判断し、俺が三尋木の応対に回った。
「いらっしゃいませ。ご注文は」
「またホットミルクでいいですか?」
「かしこまりました」
いつも通りの作業で、ホットミルクを作っていく。
あちらで入ったカクテルの注文は、幹生さんが手取り足取り教えているようだ。
理解のある常連さんなので、温かく見守ってくれている。
出来上がったホットミルクを出すと、「ありがとうございます」と一礼して、三尋木が口をつけた。
「今日は1人なんだね」
「はい。あの、櫻木さん、和泉くんとは仲良いんですか?」
「そうだね。1回生の中じゃ1番だと思うよ。学部学科も一緒だし」
「そうだったんですね。あの、和泉くんって……彼女、いたりしますか?」
……おおう、これは……和泉、やったな。
もしかしなくても、三尋木は和泉のことが気になっているようだ。
いやしかし、パシッとした服着て髪の毛きっちりするだけでこれとは、あいつ本気出したらモテモテなんじゃないか?
和泉の想いを知っている以上、三尋木には申し訳ないがノーチャンスであることを伝えよう。
「いない。でも、好きな奴はいるって」
「……CROSSOVERの子ですか」
「もしそうだとしても、俺は誰か言うつもりないよ」
「狙うのは自由ですよね。歩ちゃんだって、櫻木さん狙ってますし」
「……知ってんのか」
「はい。昨日は、ちょっと無理言って連れてきてもらいました。あの歩ちゃんが片想いしてまで狙う人に興味があったので。サークルでは声かけるタイミングなかったですから」
「あれ、2人は大学からじゃないんだ」
「高校から一緒です。有名でしたよ、悪い意味で。理由、知ってますか?」
「知らないけど、推測はつく」
「やっぱ、誘われました?」
「何にだよ」
「とぼけなくても大丈夫ですよ」
全てを見透かす目で、艶かしく三尋木は笑う。
魔性の女とは、彼女にこそ似合う言葉なのではないだろうかと思わせるほどだ。
「……断ったよ」
「なるほど。だから余計に燃え上がったって感じですかね。ありがとうございます、いい話が聞けました」
「そりゃどうも。一応言っとくけど、俺は和泉の味方だからな。三尋木が和泉に惚れてようと――」
「ああ、それは大丈夫です。私、別に狙ってる人いるので」
「は?」
「和泉くんに気がある風を装えば、櫻木さんのお話聞けるかなと思いまして。あ、櫻木さんとか和泉くんとは仲良くなりたいのは本当ですよ」
くそ、まんまとしてやられた。
あんなのは誰だって騙される。
「……CROSSOVERより、演劇部入った方が良かったんじゃないか」
「お褒め頂き光栄です♪」
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