第24話 初
「うん、採用」
「えっ!?」
バイトのシフト日である火曜日に和泉を連れて行ったら、着替え終わるまでに面接が済んでいた。
「もう面接終わったんですか」
「うん。だって和泉くん、君と違って土日も入ってくれるからね。君をクビにして入れ替わりで雇ってもいいくらいだよ」
「すいませんマジで勘弁してください」
和泉はなんと週4で働けるとのシフト希望を出していたらしく、コミュニケーション能力に問題がないことが確認できた時点で採用のようだ。
花音さんが問題と判断したなら、それでいい。
「じゃ、明日から入ってもらっていい? なんなら今日からでもいいよ。前に働いてた人の制服のどれかのサイズ合えばだけど」
「じゃあ、今日からでも大丈夫です。制服はどちらにありますか?」
「こっちこっち」
花音さんと和泉が連れ立って更衣室へ向かおうとしたちょうどその時、買い出しから幹生さんが帰ってきた。
「ただいま。その子が今日面接の?」
「おかえりなさい。そうだよ。和泉大輔くん。もう採用しちゃった」
「和泉です。よろしくお願いします」
「櫻木くんから聞いてると思うけど、店長の森幹生です。よろしくね。花音もいるから、名前呼びでいいからね」
「はい、ありがとうございます」
「じゃ和泉くん、行こっか」
「はい」
2人を見届けると、幹生さんが今日の準備を始める。
「手伝いますよ」
「ありがとう。和泉くんの教育係、任せていい?」
「もとより採用されたらそのつもりでした。和泉は土日も入るらしいんで、その日は無理ですけど」
「了解。これ、あそこにしまってくれる?」
幹生さんの指示を受け、今しがた買ってきたものを収納していく。
少しすると、制服姿の和泉が戻ってきた。
「櫻木くん、どう? 髪のセットもしちゃったんだけそ、中々いいと思わない?」
普段ダボっとした服を着て髪も寝癖を整える程度しかしていない和泉がこうして制服に身を包んできちんと髪を整えると、まるで別人に見える。
「これは……いいですね」
「よし、和泉くん目当てのお客さん呼び込もう。サークルの女の子とかに声かけたら?」
「いいですね、真奈美に連れてきてもらいますか」
「ちょっと櫻木さん、流石にそれは恥ずかしいっていうか」
手を振ってわたわたとする和泉の肩を叩き、彼へのキラーパスを囁く。
「今日、いつも通りなら広橋くるぞ」
和泉は背筋を伸ばし、ネクタイを締め直した。
「ご指導よろしくお願いします」
「任せなさい」
午後8時半、広橋が『FOREST』に来た。
俺のシフトが火曜と水曜であると花音さんが勝手にしゃべったので、「来週火曜の午後8時に行きます!」と宣言されていたのだ。
少し遅れた理由は、後ろの女子だろうか。
「いらっしゃいませ」
「こんばんは。
「こんばんは。櫻木さんですよね。1回生の
「苗字も名前も珍しいから覚えてたよ。カウンター?」
「はい、お願いします。私はホットミルクで。文ちゃんはどうする?」
「私もそれにします」
「かしこまりました」
2人をカウンターに座らせると、裏へ引っ込む。
俺が相手してくれると思っていそうな広橋には悪いが、ここは和泉に初仕事をさせた方がいいだろう。
花音さんの手伝いをしていた和泉を連れて戻ると、2人が黄色い声を上げた。
「櫻木さん櫻木さん、その人誰ですか?」
「今日から入った新人の子。悪いけど、こいつにホットミルク作らせてやってもいいかな」
「はい、大丈夫です」
「櫻木さんがよかったですけど、櫻木さんよりイケメンに作ってもらえるならそっちがいいでーす」
「おい広橋、ミルクぬるくするぞ」
「おーぼー!」
「じゃ、新人君。さっき教えた通りにな」
「はい」
ホットミルクの注文を予想して、和泉には開店前にあらかじめ手順は教えておいた。
そして、接客態度についても指導してある。
てきぱきとこなす和泉には、特に口出しするところはない。
「お待たせいたしました。ホットミルク2つでございます」
「ありがとうございます」
三尋木だけがお礼を言って受け取り、広橋は怪訝な表情を浮かべている。飲んでいる最中も無言で首を少し傾げていた。
「歩ちゃん? どうしたの?」
「すみません、何かお味に問題がありましたか。すぐお取り替えいたします」
「いえ、違うんです。美味しいです。その……うーん、やっぱり大丈夫です」
「そうですか。実はお2人が、私がお相手をさせて頂く初めてのお客様なので、もし何かミスをそていたらと思うと不安でした」
「そんなことないですよ! ね、歩ちゃん」
「うん……うーん、でもやっぱりなあ」
「なんだ広橋。俺に作ってもらいたかったとか言うんじゃないぞ」
「それは実際そうなんですけど」
「おい」
ナチュラルに失礼だな。
けれど、広橋が思い悩んでいる理由はそれではなさそうだ。
「あ、あの、新人……さん。すみません、お名前を知らないもので。教えて頂いてもいいですか?」
「……あっ!」
三尋木が頬を赤らめながら名前を聞いたのと、広橋の脳内で何かが繋がったタイミングはほぼ同時だった。
「……和泉くん?」
「正解。気付かなかった?」
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