第23話 前進

「いやー、櫻木さんには敵わないっすね」

「そりゃ、一応Aチームだからな」


男子ガチマッチは、俺のチームが無事勝利を収めた。

和泉も1回生にしては見どころのあるプレーが多く、来年にはAチームで一緒になってもおかしくないと思った。


「それもそうですけど、色んな意味で、ですよ」


和泉が指しているのは、救急ボックス前への移動指示のことで間違いない。

広橋が真奈美に着いていけていないのは明らかで、予期できるものではあった。


「後は和泉次第だからな」

「はい。ところで、ユニフォームと夏合宿の件なんですけど」

「ん、なんかあったか? 知ってるかもしれないけど、背番号被りは3回生となら許されるぞ」


確定飲みの後、入会した1回生にはユニフォームを購入してもらう。

その際の背番号は、3番以外であれば、2回生と被らない範囲で好きに選んで良い。

発注したユニフォームは、来月には配布される。

夏合宿は9月上旬に行われ、4泊5日の遠征をすることになっている。ここで3回生は引退、3月の追いコンまでは「参加してもいいOB」扱いになる。

ぶっちゃけ4回生や院生でも参加していいのだが、研究室や就活でほとんど来なくなるのが実情だ。


「いえ、背番号は大丈夫です。そっちじゃなくて、いくらぐらいするんですか?」

「ユニフォームは値段聞いてない? 夏合宿は……去年は3万ちょいだったな。部費の余りもそこに使うし」

「ありがとうございます。ユニフォームの値段は大丈夫です。金のこと考えると、バイトそろそろ始めようかなって思ってて。櫻木さんってバーでバイトしてましたよね」

「『FOREST』ってバーだな。紹介はするけど、コネで合格はさせられんぞ」

「応募も自分でします。櫻木さんが知り合いと一緒に働きたくないタイプだったらやめとこうかなと」

「俺は全然そんなことないよ。でも、なんで『FOREST』がいいんだよ」

「……櫻木さん目当てで広橋来たりしないかなって」


俺は、黙って和泉の背中を3回叩いた。





駐輪場に向かうと、真奈美が俺を待っていた。


「慎吾、今晩あいてる?」

「あいてるよ。ウチ来るの?」

「うん。お酒買っていくね」

「レシート忘れんなよ」

「はーい」


真奈美は自転車に跨ると、家へ向かう道から一本外れた道に漕ぎ出した。

さて、ナチュラルに「ウチ来るか」と聞いたが、もしかしてこないだの「またいつか」を期待されてはいないだろうか。

いやいや、明日まだ講義ある日だぞ。

……ガソリン切れそうだし、給油してから帰るか。



帰宅してシャワーを浴び、真奈美を待つ。

真奈美も一旦家に帰って着替えてくるとのことなので、少し悶々とした時間を過ごすこととなった。

午後9時半ごろ、チャイムが鳴らされる。


「お邪魔します」

「はいよ。冷やすから袋ちょうだい」


真奈美から受け取ったレジ袋から、酒を取り出して冷蔵庫に突っ込む。

酒に混じって、レシートが1枚と、こないだと同様にタッパーが2つ入っていた。


「また作ってきてくれたの? 悪いな」

「うん。昨日の晩作った豚の角煮と、春巻き。残り物でごめんね」

「いやいや、大歓迎。ありがとう」


レシートの合計金額の半分を出す予定だったが、こんなに手の込んだものがあるのならばと全額出す。

真奈美は別にいいと断ってきたが、最終的に彼女の負担は100円未満の端数分だけということで落ち着いた。

温め直したつまみを広げ、わずかではあるが冷えた酒を手に、宴を始める。


「角煮、これ手間かかったんじゃないの? すっごい美味しい」

「そうでもないよ? 慎吾の口に合ったのなら、よかった」

「金取れるよ、これ。春巻きもいただきます」

「あ、その春巻きだけは――えっ?」

「ん? この春巻きもめちゃくちゃ美味しいけど、どうかしたか?」

「えっ……それ、大葉入ってるんだけど。慎吾って、大葉苦手じゃなかったっけ」

「あー、そうだったな。この1年で食べられるようになった……ってああ、そうかこれ真奈美専用春巻きのつもりだった?」

「ううん、慎吾が食べられるなら別にそういうわけでもないよ。そっか、大葉いけるようになったんだ」


真奈美がしみじみと感動を覚える中、俺はもう1度大葉入り春巻きにかぶりつく。

流石に昨日の残り物をレンジで温め直したため皮のパリパリ感は失われているが、それでも角煮同様に十分に金が取れるレベルだった。


「ね。今度、オムライス作ってあげよっか」

「マジで? めちゃくちゃ嬉しい」

「卵は半熟とろとろにしてあげる」


一瞬、耳を疑った。

オムライスの卵は完全に固まるまで焼いてあるものじゃないとダメという俺の趣向を、真奈美が知らないはずはない。


「勘弁してくれ、知ってるだろ」

「なあんだ。そこは変わってないんだね」


……そうか、そういうことか。

真奈美も、知ろうとはしてくれてるんだな。

もしかしたら、相手をよく知れていないのは、俺のほうなのかもしれない。


「変わったとこだってあるし、変わってないとこもあるんだよ」


自分に言い聞かせるように呟いて、新品の箱のフィルムを剥き、タバコに火をつける。


「みたいだね。タバコだって吸ってるし」

「そもそも昔は吸っちゃダメだろ。真奈美だって吸ってるくせに」

「確かに。ね、火ちょうだい」


真奈美も口にタバコを咥えて、顔ごとこちらに突き出す。

手元を見ると、今俺が開けたばかりの銘柄と同じだった。

既に1本吸っており、今取り出したのは開けてから2本目のようだ。


「あれ、吸う奴変えた?」

「慎吾、代わりばんこに吸ってるでしょ。もう片方はどんなのかなって。ほら、はやく火をよこしたまえ」


急かす真奈美に、あえて俺はライターを差し出してやった。


「ほらよ」

「もう、そういうことじゃないってば」

「しゃーねえなあ」


未だに縮まらない、タバコ2本分の距離。

その中間地点で輝く火が、なぜか今日はいつもより赤く見えた。


ヤニ汚れの目立ってきた天井に向かって、ほうと煙を吐き出す。


口に、メロンの味が広がった。











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