第22.5話 冷却
「よっと。広橋、大丈夫か。痛みはなくても捻挫かもしれないから、足首冷やすぞ」
和泉は広橋のバッシュと靴下を脱がせ、救急箱の下にあるクーラーボックスから冷えたタオルを取り出し、広橋の足首に当てる。
「ごめんね、和泉くん」
「謝ることじゃないでしょ。頑張った結果なんだしさ」
「頑張ってたって、言えるのかな。あんなに周りが見えてないプレーしてて」
「頑張ってたよ。少なくとも俺がそう思ってるんだから、素直に受け取れ」
「あはは、優しいね、和泉くんは」
広橋が乾いた笑いを浮かべて、天井を見上げる。
その顔は、彼女の両手で覆われていた。
「……勝てないなあ」
和泉は、漏れ出た一言には答えずに、ただテーピングを重ねていく。
一通り処置を施し終わった後、ようやく和泉は率直に疑問をぶつけた。
「なあ」
「なに?」
「なんであんなに張り切ってたんだよ」
「内緒」
「あっそ」
「……ねえ、和泉くんってさ、櫻木さんと、仲良い?」
「……まあ、1番お世話になってる先輩ではあるけど」
「じゃあ、さ」
その次の言葉が紡がれる前に、広橋の顔にもう1枚の冷えたタオルが落とされる。
「わひゃっ」と驚いて可愛らしい声を出して、広橋は顔にかかったタオルを払いのける。
「ちょっ――ひゃんっ」
続けざまに、広橋の脳天に氷嚢が落とされた。
「何すんのよ!」
「辛いのも、悔しいのもわかるよ。広橋が櫻木さんのこと好きなのだって、なんとなくだけど知ってる。でもさ、櫻木さんは西野のこと好きなんだよ。俺が世話になってる先輩裏切って、広橋の味方すると思ってんのか?」
「そうだけど、でも、好きなんだもん! 『自分以外の誰かのことが好きな人を好きになっちゃいけません』なんてルール、ない――やっ」
和泉が、広橋の頭にまたひとつ氷嚢を追加する。
今度はただ落とすだけではなく、ぐりぐりと押し付けた。
「氷、足りてねえようだからもう1個くれてやる。この状況でそんなこと考えてる時点で頭冷えてねえだろ、バカ」
「……ごめん」
「謝るのは俺じゃなくてチームメンバーだろ。じゃ、男子始まるから俺行くわ」
「……優しいんだね、和泉くんって」
さっきと同じような言葉だが、含んだ意味は明確に異なっていた。
「……ありがとう」
「どういたしまして」
和泉と入れ替わりで、先程の試合のチームメンバーと真奈美が広橋の元に来た。
「広橋ちゃん、大丈夫? 痛む?」
「大丈夫です。捻挫までは行ってないと思います。和泉くんが大袈裟なくらい手当てしてくれました」
「そっか。ちゃんとお礼言った?」
「はい。それと、皆さん、今日は1人でワンマンプレーに走ってしまい、すみませんでした。西野さんにも、もしかしたら危ないプレーしたかもしれない。ごめんなさい」
「大丈夫。私も、最後煽る感じでシュート打っちゃったし。ごめんなさい」
両名が互いに謝罪したところで、パン、と手が叩かれる。
「よし、頭は冷えてるみたいだね。てか、物理的に冷やされてるか。あっはっは」
「もう、ひどいんですよ、和泉くん。いきなり頭に氷嚢落としてきて」
「へー、けっこうやるじゃん、和泉」
男子のガチマッチは、既に始まっていた。
櫻木慎吾と和泉大輔の2人がペイントエリアでマッチアップをしているのが、顔を上げた広橋の目に入った。
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