第22話 ブレイク
ゴールデンウィーク明け、木曜の練習日。
月曜の練習日は確定飲み前の練習があったので休みとなっており、今日からCROSSOVER1回生〜3回生の練習日となる。
最後のガチマッチは、今日は女子スタートとなり、いつもの通り立候補者を募る段になった。
「私、出てもいいですか?」
広橋が、初めて立候補した。
「いいよ。西野ちゃんは?」
「出ます」
「じゃ、そこだけ別チームにしよっか」
「「はい」」
試合開始前、広橋が俺に耳打ちしてきた。
「櫻木さん、この試合で西野さんに勝ったら、今週末どっちかでデートしてください」
「……保証はしかねる」
「OKってことですね、ありがとうございます♪」
「あ、おい!」
……やりすぎなきゃいいんだけどなあ。
広橋の願いに反して、試合は、真奈美がいるチームが終始優勢に進める。
広橋がピッタリマンマークにつくが、真奈美は無理に勝負せず、味方にパスを通す。
オフェンス側のSGとディフェンス側のSFのマッチアップがあるということは、逆のマッチアップもあるということになる。
広橋のチームのSGは小刀さんだからなんとかなっているが、パス回しで生まれた守備の隙を狙われて、じわじわと点差は広がっていく。
真奈美は最初広橋を意に介さずにディフェンス時は小刀さんに着こうとするが、自然と真奈美と広橋がマッチアップするように小刀さんが攻撃を組み立てていた。
ディフェンスはそこまで上手くない方の真奈美だが、視野が狭くなっていることがこちらからでもわかる広橋に対してのディフェンスは、さほど難しくはないものだった。
「和泉、ちょっと救急ボックスの横座っとけ」
「はい?」
「多分そろそろだから」
「はあ……わかりました」
和泉を救急ボックス側に向かわせた次の真奈美のチームのオフェンス。
先程失敗したシュートミスを取り返そうと焦る広橋に対して、真奈美がステップバックを仕掛ける。
対応しきれず転倒した広橋を見下ろしながら、まるで練習のようにゆっくりと真奈美がスリーを打つ。
ボールがネットと接触する音だけが場に広がり、小刀さんがタイムアウトを取る。
「広橋、大丈夫? ベンチ下がろうか」
「大丈夫です、まだいけます」
「ウチは怪我NGだから。救急ボックスは……ちょうどいいや、和泉! ベンチ運んで手当てしてやって!」
「小刀さん」
「怪我云々以前に、普通の試合でも交代だよ。ディフェンスは最悪脅威になってる西野ちゃんにシュート打たせてないからまだいいとしても、オフェンスで周り見えてないし、今みたいに完全に1on1状態で負けてるようじゃね。頭冷やしなさい。言っとくけど、歩いて戻るの禁止。和泉、おぶってやって」
「え、肩貸すとかじゃないんですか」
「お姫様だっこかおんぶか選べ」
実質的に1つしかない選択肢を突きつけられた和泉は、大人しく和泉に背中を向けてしゃがむ。
小刀さんが足に負担のかからないように和泉の背中に広橋を乗せると、代わりのメンバーを募る。
根来さんも、「けっこうしんどかったでしょ、休んでいいよ」と真奈美の交代を告げる。
「真奈美、お疲れ」
「サンキュ」
引き上げてきた真奈美にドリンクを渡す。
汗で濡れた喉が、水分の通過とともに鳴り動く様が少し扇情的で、思わず目を逸らす。
救急ボックス近くでは、和泉が広橋をベンチに座らせ、手当てを始めていた。
「……広橋さんのこと、気になってる?」
「あいや、和泉がちゃんと手当てできるかなって」
「ふーん。ま、そういうことにしといてあげる。でも、大事になってないといいけど」
「傍目には大丈夫に見えたけどな。大したことなかったとしても後で謝っとけよ」
「うん。やりすぎだったかなとは思ってる」
真奈美は俺の隣に腰掛けて、再開した試合を追いかける。
「ま、お互い様だとは思うけどな」
「慎吾がそう言ってくれるなら、ちょっと気が楽になった。ありがと」
真奈美が、もう1度ドリンクを飲む。
俺がその喉に視線を向けないのは、決して扇情的だと知っているからでも、目の前の試合の行方に集中したいからでもなかった。
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