第21話 同意見
「ところで、櫻木さんと西野の馴れ初めってどんな感じなんですか? ていうか、なんでより戻さないんですか?」
「えー……言わなきゃダメか?」
「俺にさんざん恥ずかしい話させといて、そりゃないっすよ」
「……わーったよ」
真奈美との出会いは、高校のバスケ部だった。
最初はちんちくりんのくせに頑張ってるな、程度だった。
そのちんちくりんが、いきなり男子部員、それも身長が1番高かった俺に「練習相手になれ」と1on1を挑んできた。
当然全勝。女子だからと手を抜くつもりは毛頭なかったが、やりすぎだったかもしれない。
それから次の日、また次の日と、負けても負けてもへこたれず、大したハンドリングスキルもクイックネスもないのに勝負を挑んできた。
1度だけ手加減して抜かれてやったことがあるが、本気で怒られた。いくら負けても泣かなかった真奈美が、その時だけは泣いたのだ。
ある日、真奈美がやけくそになったのか、スリーポイントラインのはるか後ろからシュートを打った。ラインの内側に立っていた俺のブロックが間に合うはずもなく、ボールはリングに吸い込まれた。
手加減した時以外では、それが初敗北だった。
後で聞くと、やけくそでもなんでもなく、ドライブで俺を抜けないなら、とNBA選手の動画を漁りまくってたどり着いた結論だったという。
それから彼女のスリー狂いが始まり、隙間時間に真奈美と練習するのが当たり前になっていた。
最初はリバウンド練習になるなあ、程度だったが、次第に俺の練習にならなくなっていった。
次はどこからでもキャッチ&スリーが打てるように、そしてプルアップも、ステップバックもできるように、とことん練習に付き合った。
駅までの帰り道ももちろん一緒だったし、次第にオフの日も一緒に過ごしたり、試験期間にはお互い苦手な科目を教え合うようにもなった。家に帰れば、寝るまで電話だってした。
気付けば、真奈美と共有していた時間の方がそれ以外より長かった。
高1の終わり、真奈美が告られたって話を聞いた。
その瞬間、今まで当たり前だと思っていた真奈美との時間が失われることが、急に恐ろしくなった。
「……で、俺から告白したってわけ」
「なるほど、気付いたら好きになってたパターンですか」
「なんかさ、真奈美がいない人生を考えるだけで恐ろしくなっちゃってたのよ。そしたら卒業式でいきなり『別れましょう』って言うもんだから、絶望よ絶望」
そこに、タオルを肩にかけたままの美濃さんが戻ってきた。
「ごめん、最後の方聞こえたわ。」
「いいっすよ全然。ていうか美濃さん、ずいぶん長いシャワーでしたね」
「風呂も入っちゃったわ」
「酒回って危ないですよ」
「もうコーラしか飲まねえよ」
気遣いへの感謝の意味を込めて、美濃さんのグラスにコーラを注ぐ。美濃さんはそれを一気に飲み干したので、和泉にコーラのボトルを渡す。
「和泉からも注いでやって」
「はい。ありがとうございました」
「なんのことだか。でも、懐かしいな。去年の新歓の時の櫻木、マジで顔死んでたぞ。俺と友紀が無理やり新歓BBQとか練習引きずってきたわ」
「その節は大変お世話になりました」
「今からじゃ考えられないですね」
CROSSOVER、もっと言うと美濃さんと小刀さん、それにウタ、バッシーがいなかったら大学生活がどうなっていたか、考えたくもない。
「『櫻木の元カノが入ってきた』って聞いた時はマジでどうなるかと思ったわ。今だから言えるんだけど、櫻木のトラウマが呼び起こされてあの頃に戻るようなら、西野の入会は拒否してた」
「マジですか、それ」
「そりゃ新入生より1年世話した後輩のが大事に決まってんだろ」
「……ありがとうございます」
「いい先輩ですね、美濃さんって」
「そうだろー? もっと褒めろ、崇め奉れ」
差し出されたグラスに、恭しく大袈裟に礼をしてからコーラを注ぐ。
「でさ、実際はそんなことにならなかったから全然いいんだけどさ。なんで西野とまた付き合わねえの?」
「それ、俺もさっき聞いたんですよ。馴れ初め語ってる時に美濃さんが戻ってきた感じです」
「お、そうかそうか、じゃあちょうどいいな。話せよ」
出来れば言いたくはないのだが、流石にこの場で逃げるのは人としてダメだと思うので、覚悟を決める。
「俺、変わったじゃないですか、この1年で、色々」
「まあな」
「俺、昔のやり直しとかそういんじゃなくて、今の俺を好きになってもらって、それで付き合いたいんですよ。ちょくちょく真奈美も思い出ボムみたいな感じで攻めてくるから、余計にそう思っちゃって」
「……別に、櫻木の中身が全部変わったわけじゃないだろ。俺は高校時代の櫻木がどうかは知らないけど、芯の部分は変わってないんじゃねえの? 西野は、櫻木の芯の部分が好きなんだろうし」
「そうだとしても、です。それに、俺もきちんと今の真奈美を知れてるか不安なんですよ。……それに」
「それに?」
「こっちは1年間感情ぐちゃ混ぜにされたんですよ? 最低でも半年くらいやきもきさせてやらないと、なんか不公平です」
しばらくの沈黙の後、美濃さんと和泉が顔を見合わせる。
「なあ、和泉」
「美濃さん、多分同じこと思ってますよ」
「じゃあ、せーので言うか」
「はい」
「せーの」
「「面ッッッッッ倒くせえ(っすね)!!!!」」
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