第20話 ハドルのちレスバトル

「お邪魔します」

「おー、上がって上がって」

「本当にいいんですか、手ぶらで」

「いいよいいよ、そこにいる奴は最初から手ぶらだったから」

「え、他に誰か……って、櫻木さん」

「……よう」

「てっきりサシだとばかり」

「すまん、黙ってた。ちょっと俺シャワー浴びるから、好きに寛いでてくれ。冷蔵庫のとかテーブルの上のは好きに飲んでいいぞ」

「あ、はい。ありがとうございます」


和泉は遠慮がちに俺の斜め向かいに座る。

テーブルの上にはアルコール類しか置いていないため、和泉に飲ませるわけにはいかない。かといって、流石に和泉に冷蔵庫を漁らせるわけにもいかないので、俺は席を立った。


「コークハイ用のコーラあったけど、それでいいか?」

「すみません、お願いします」


食器棚から適当にグラスを取り、注ぐ。

よく冷えたコーラからは、清々しいほどに綺麗で大量の泡が立ちのぼっていた。


「じゃ、美濃さんいないけど、乾杯」

「乾杯です」


もう泡の立たない、温くなったチューハイを喉に通すと、口の中には嫌なくらいの甘さが残った。


「櫻木さんもさっき美濃さんに呼ばれたんですか?」

「いや、和泉を誘った時にはもう飲み始めてた。俺がいるって言わなかったことについては代わりに謝る。すまん」

「謝るようなことじゃないですよ。それに」


和泉はくいっとコーラを飲み干して、続けた。


「櫻木さんとも、話したいことあったんで」


じっとこちらを見据える和泉の視線を一旦躱すため、俺は飲み切ってもいない和泉のグラスにコーラを注ぎ直した。


「すみません、注がせちゃって」

「いいよ、いいよ。話したいことって……やっぱ、広橋か」

「……はい」

「広橋の好きな相手、知ってるのか」

「櫻木さん、ですよね。バスケ大会の打ち上げの2次会のカラオケで、2人だけしばらくいなかった時ありましたし、今日で『やっぱりな』って思いました」

「なるほどね。俺も、そのカラオケで初めて広橋が……その、俺のこと……好きって知ったんだよ。何の言い訳にもなってないけど」

「言い訳って、別に櫻木さんは悪いことしてるわけじゃ」

「こっちにも色々あんのよ」

「それって、西野のことですよね」

「……まあ、端的にいえば、そう」


やっぱり、1回の間でも西野との関係は周知の事実らしいと、改めて実感する。

むしろそういう風潮が出来上がっている方がこちらとしては楽なのだが。むしろその中で俺に特攻する広橋の肝っ玉ぷりには尊敬の念を表したい。


「広橋が俺のこと好きなのって、皆知ってるのか」

「本人は公言してないですけど、気付いてる奴は俺以外にもいるかもしれないです」

「言っとくけど、俺は真奈美一筋だからな。……恥ずかしいから本人には言うなよ」

「見てればわかりますって。でも、よくしてくれる先輩が恋のライバルなのは事実ですし、その本人に『応援してくれ』ってなんかアレだなって」


和泉と全く思考回路が同じであったことに喜びを感じると同時に、俺のことを悪しく思っていないことに安堵する。


「俺は、和泉の好きな人が誰であっても応援するつもりだよ」

「西野でもですか」

「は? 殺すぞ」

「すいませんすいません冗談です。今マジの目してましたよね」

「俺を前科持ちにさせないでくれ」

「すいません。本題戻りましょうか。俺、櫻木さんと協力関係結びたいんですよ」

「協力関係?」

「だって、櫻木さんは西野一本だから広橋の好意が別の男に行ってくれればいいわけで、俺は広橋のことが好きなんだから、WIN-WINじゃないですか」

「……なんかさ、そういう打算的なの、好きじゃないんだよな」

「そうですかね。ゲームでもそうですけど、誰と同盟組むかとか含めて、駆け引きって重要じゃないですか」

「ゲームみたいに上手くいきゃ苦労しねえわ」

「大人になるほど恋愛って打算と駆け引きでするもんだと思ってるんですけどね」

「後輩にそれ言われちゃ、おじさんキツいわ」

「二十歳が何言ってんですか。櫻木さん、思考回路純情すぎません? そこまでいくと童貞臭いですよ」

「あんだって!? 誰が童貞じゃ」

「……え、マジで童貞だったりします?」

「……」

「まさか、まだ西野とヤッてないんですか」

「……うるさい」

「ウッソでしょ……」


うるさい。俺は真奈美を大事にしてるからこそだな、手を出してないだけなんだよ。

そりゃ俺だって手出したいと何度思ったかわからんわ、ちくしょう。


「……話変えようや」

「うわ、逃げた」

「うるさい。和泉が広橋好きになった理由聞かせろ」

「いいじゃないですか、そんなの別になんだって」

「よくないだろ。まさか胸がデカいからとか言うんじゃないだろうな」

「はあ!?」

「違うのか? じゃあ、広橋が簡単にヤらせてくれそうだからか?」

「ふざけないでくださいよ。いくら櫻木さんでも怒りますよ」

「じゃあ言えよ」

「……馬鹿にしないでくださいよ」

「しねえよ」

「……なんか、広橋って男相手でも女相手でもどこか表面上でしか人と付き合ってない感じがあって、見た目綺麗なのに目の奥がなんか暗くて。『こいつ何考えてんのかわかんねえな』って感じで気になってたんですけど、打ち上げのカラオケのドリンクバーで1人溜息ついてるの見て、その時の目がすごい綺麗で、守ってあげたいなあって思って。なんかあったのか聞いたんですけど、笑って誤魔化されちゃって。ちょっと前に櫻木さんと話してるの見てたし、2人になんかあったのかなとかそういうこと考えてるうちに、『櫻木さんのこと好きなのかな』とか、『俺じゃダメなのかな』とか、色々考えるようになったっていうか……もういいでしょ、これくらいで」


一通り喋り切った後、和泉は注ぎ直してから口をつけていなかったコーラを一気に胃に流し込み、顔を覆って俯いてしまった。

手の間からゲップが少し漏れたのがおかしくて、つい笑ってしまった。


「笑わないって言ったじゃないですか」

「……和泉だってクソ純情派じゃねえかよ」

「……いいじゃないですか、純情」


俺は新しく冷蔵庫からチューハイの缶を取り出し、自分のグラスに注ぐ。

それを見た和泉も、自分のグラスにコーラを注ぎ直した。

綺麗できめ細やかな泡が、今度は双方のグラスにシュワシュワと音を立てて立ちのぼる。


俺たちは、黙って今日2度目の乾杯をした。

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