第18話 矢印の向き

ゴールデンウィーク明け一発目のサークル活動日。

この日だけは特例で土曜日に体育館の予約を取り、そのまま飲み会となる。

所謂「確定飲み」というやつで、この日をもって「新入生」から「1回生」へと呼称も変化し、連絡用のメーリスや、LINEグループへの参加が可能となる。

まあ、実際はゴールデンウィーク前に来てた人間がほぼ確定メンバーなのだが、形式的なものはあって損はない。

今までに飲み会で存在した「上回生はなるべく各テーブルに分かれる」というルールも、今日からはなくなる。

というわけで、俺はウタとバッシー、そして同回生のリーダー的存在の加東かとう啓介けいすけ――通称、ヒガシ――と卓を囲んでいた。

ヒガシと呼ばれている理由は、サークルの同回女子に加藤かとう莉子りこがいるからである。区別のため、加藤をフジ、加東をヒガシと呼ぶ人が多い。


「とりあえず新歓期間お疲れ。今日からは堂々と吸っていいぞ」

「お疲れ。助かる」


「新入生」と同席する飲み会は喫煙禁止のルールもこれでおさらば。とあらば、さっそくヤニカストリオが火をつける。


「ヒガシも二十歳になったら吸うつもり?」

「こういう場ではもらいタバコしようかな、くらいには思ってるよ」

「まあ、吸わんほうがいいぞ」

「君らが言っても説得力ないけどな」

「皆そう言う」

「じゃあ辞めなよ」

「それと」

「これとは」

「話が違う」

「前世三つ子かなんかか?」

「「「いぇーい」」」


息のあったやりとりでお互い笑っていると、1回生のテーブルから真奈美がグラスを持って俺とヒガシの間に座る。


「お疲れ様です。喫煙所ですか、ここ」

「ヒガシは吸わんけどな、実質的にはそう」

「じゃ、ご一緒させて頂きます」

「……なに、自分で買ったの」

「うん」


真奈美がポケットから俺と同じ銘柄を取り出して、封を開ける。今までは家に来て俺のを吸っていただけだったのだが、とうとう自分で買ってしまったか。


「西野も吸うんだ」

「慎吾に無理やり吸わされました」

「おい、嘘をつくな」

「勧めてきたのは本当じゃん」

「へー、こりゃまた」


ウタ、バッシー、ヒガシ。3人揃ってニヤニヤしてんじゃねえよ。


「じゃあ俺は1回のとこ行ってくるわ」

「あいよ、次期サークル長さん」

「まだそうとは決まってねえからな」


口ではそう言っているが、3回生の間でも、2回生の間でも、次期サークル長はヒガシだという雰囲気になっているのは確かだ。

周囲への気配り、先輩や同回からの信頼を考えると、ヒガシしか適任者はいない。

今だって、後輩にしっかり挨拶回りをして次期リーダーとしての立場を示しに行っている。


「で、どうなのよ。おふたりさんは」

「どうって、なんだよ」

「もう付き合ってんのかってことだよ」

「付き合ってないよ」

「付き合ってないです」

「マジ?」

「マジ」

「……なんか、元カノと元カレの関係には見えないけど」

「まあ、うん。色々あるんだよ」

「色々あるんですよ」


ウタとバッシーが顔を見合わせて、暖簾に腕押しと悟ったのか、話題を変えてくる。

とはいえ、後輩女子にいい感じの子がいないか真奈美に聞くのはいかがなものかと思うがな。

そんなこんなのうちに、1回生男子2人がこちらにやってきた。


「お疲れ様です」

「おー、和泉、平石。お疲れ」


俺と真奈美が席をひとつずつ詰めて、和泉が俺の隣に座る。平石が少し残念そうな顔で、バッシーとウタが開けた間の席に座る。

貴様に真奈美の隣はやらんぞ、わっはっは。

しょうもない優越感に浸るのも束の間、バッシーが余計なことを口にした。


「和泉と平石って彼女いんの?」

「いません。和泉は?」

「俺もいないです」

「ウチの女子で狙ってる子とかいんの?」

「まあ、いますけど……」


平石くん、チラチラ真奈美を見ているのがバレバレだぞ?


「和泉は?」

「いるっちゃいるんですけど、そのー……その子、好きな人いるっぽいんで」


なんと、可愛い直属の後輩にも気になっている子がいるらしい。ただ、片想いか。それは辛いなあ。


「なあ和泉、こっそり教えてくれない?」

「俺らにできることあったら言って。色々練習とか合宿とかの組分けでアシストすっから」

「宇多田さん、石橋さん、ありがとうございます。……実は」

「お疲れでーす」


和泉の想い人の告白は、広橋によって遮られてしまった。

広橋は俺と和泉の間をご所望のようだったが、和泉のベルトを掴んで引き寄せて間に割って入らせないようにする。

和泉は俺の意図を察してくれたのか、広橋に「こっち、どう?」と俺と逆の隣側を勧めてくれた。

少し渋々という感じではあるが、広橋は大人しくそれを受け入れた。

広橋の方はなるべく見ないようにするつもりだが、和泉にはお礼を言わねばならないので、肘で小突いて「サンキュ」と囁く。

和泉から返答がないので、伝わっていないかと思い彼の方を見ると、その顔は少し赤く染まっていた。

え、ちょっと待てよ――


「なあ、和泉。……和泉?」


肘で再び小突いて、和泉に呼びかける。

遅くはあったが、今度は反応した。


「あ、すいません。なんでしょうか」

「もしかして、さ」


右手の親指を広橋に向け、クイクイッと左右に動かす。

和泉は、黙って頷いた。






――可愛がっている(つもりの)直属の後輩の片想い相手が好きな人は、なんと俺でした――







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