第17話 2nd “Someday”
シャワーを浴びてバスタオルを洗濯機に放り込むと、適当にクローゼットから部屋着を引っ張り出す。
流石ににどれを着ようか迷っている暇はないと思われるので、色合いだけ普通になるような組み合わせになればいい程度だ。
NBAチームのユニフォーム風Tシャツに袖を通すと、チャイムが鳴らされた。
下を慌てて履き、裸足のままで玄関に向かう。
「帰れっつっても無駄か?」
「無駄」
とのことなので、仕方なく真奈美を部屋にあげる。
大して使われないキッチンを通過し、タバコの臭いが染み付いた寝室に入ったその時。
「なっ――」
真奈美の腕時計が、俺の腰に回されていた。
背中には、女性特有のとある2箇所に柔らかめ。
その少し上、肩甲骨の間くらいに固めの感触。
「……真奈美?」
彼女からの返事は、ない。
ただ、腰の締めつけがまた一段と強くなるだけ。
「真奈美。返事してくれ」
背中や腰の感触に変化はない。
「じゃあ、なんか背中のマッサージしてくれ」
肩甲骨の間の固い方が、グリッと上下に動く。
「何か、嫌なことあったか」
上下。
「それは、俺のせいか」
左右のち、上下。
「どっちだよ。何が悪かったんだ――痛ってえ」
前に、1回。肺から空気が押し出される。
「デートか、広橋との」
上下。
「エッチとか付き合うことになったとか、そんなことにはなってない」
左右。
「なってないってば」
左右。
「なんかあったと思ってるのか」
上下。
「改めて告られて、その……キス、された。おでこにだけどな」
無反応。
「それだけだよ。それだけ。信じて」
少ししてから、上下。
「……ちゃんと顔見て話したいから、離してくれると助かる」
名残推しそうに、一際強く腰に力を入れてから、真奈美は俺への拘束を解いた。
よし、これでちゃんと話せる――と思ったのもつかの間、シャツと背中の間に手を入れて、ごしごしと顔を拭きはじめた。
「ちょ、メイク大丈夫かよ」
「……すっぴんだもん。気づかなかったんだね」
「可愛いからすっぴんに気付かなかった」
もう一撃、背中に鈍い痛みが走った。
俺から離れた真奈美は、許可も取らずに冷蔵庫からこないだ持ってきた酒を2缶取り出して、机に置いた。
無言の圧力に屈した俺は、差し出された缶を触れ合わせ、プルタブを引く。
カシュ、という炭酸が解放される音から程なくして、真奈美の喉から嚥下音が1回、2回、3回……ちょっと、一気飲みはやめてくださいますか?
「ぷはっ」
「イッキするなよ」
「しなきゃやってられない」
「そんなに不安だったのかよ。あんなに正妻ムーブ決めておいて」
「わーわーわーわー聞こえない聞こえないなんのことかさっぱりわかりませーん!」
真奈美は頭をぶんぶん振り、再び酒を煽る。
冷蔵庫の在庫に不足はないだろうが、むしろ不足していたほうが「酒が切れた」と言い訳して家に返しやすいと思えるほどのペースだ。
「慎吾も飲んでよ」
「俺が飲んだら誰が真奈美を家に返すんだよ」
「帰りたくない」
さらにひと呷りすると、真奈美は缶を机に叩きつける。
缶の中からは、乾いた高い音がした。
「言っとくけど、家には引きずってでも帰すからな」
「……なんで、ダメなの」
「……ごめん。俺が、その……」
男女が互いの家に泊まるのは、付き合ってから。そして、宿泊はそういう行為のサインだという自分の中の固定概念が、真奈美の懇願を拒否し続ける。
もちろん、世の中には普通に布団を敷いて2人で別々に寝て、なんてこともあるかもしれない。
ただ、俺が真奈美を我慢できそうにないだけだ。……特に、広橋とあんなことがあった後では。
「……わかった。1本吸ったら、帰る」
「真奈美」
「ん?」
右手を伸ばし、真奈美の左手の甲に重ねる。
真奈美は少し驚いたように目を見開いたが、すぐにそれを細めて微笑むと、左手の上下を入れ替えた。
テーブルの上に置きっぱなしのタバコの箱から、空いた手で、1本ずつ抜き取る。
俺は自分の方にだけライターで火をつけると、真奈美が目を閉じた。
それを合図に、どちらからでもなく繋いだ手の指を絡め、火を共有する。
「……その……また、いつかな」
「……ばーか」
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