第16話 Clear The Deck

ゴールデンウィーク最終日前日。

俺とウタ、バッシー、そして美濃さんは雀荘『空中楼閣』で卓を囲んでいた。


「ツモ、1300-2600イチサンニーロクでラスト」

「2巡目リーチで平和ドラ1の三面張サンメンチャンはズルじゃないすか」

「裏乗ってないからセーフだろ」

「そういうもんですかねえ」

「そういうもんだよ」


今日の俺は、ここまで4半荘ハンチャンで3ラス。ツイていないのもあるが、明らかに選択ミスという打牌が多かった。


「サク、今日明らかに調子悪いよな。リーチに危険牌ど真ん中切ってきたり」

「すいません。俺ちょっと今日抜けていいですか」

「いいよ。三麻になるけど、2人はそれでいいか?」

「俺はいいっすよ、ウタは?」

「別に大丈夫です」

「抜けのお詫びにレート倍で。その上でバッシーのマイナス分と、ここまでの場代全部持ちますわ」

「OK。じゃ、店員さん呼ぶか」


一旦各自の勝ち分・負け分を精算し、店員にここまでの貸卓料金を払う。

続きは三人打用のセッティングを別の卓でしてもらって移動するので、そっちの手続きは美濃さんに任せ、俺は店を後にする。

少し手痛い出費だったが、あのまま徹夜コースだと今の倍くらいは抜かれていたかもしれない。


あの日――広橋とのデートの日から、いまいち何にも身が入らない。

彼女のあまりに直進性の高い好意に体のあちこちを貫かれ、身動きがとれないように磔にされているような、そんな感覚に襲われる。

この状況から逃げ出すのは簡単だ。

真奈美を呼び出して、「付き合おう」とかなんとか言えば、喜んで真奈美は俺に刺さった杭を抜いてくれるだろう。

俺は真奈美のことが好きなんだし、真奈美も俺のことが好きなんだから、何を迷う必要があるのか。そう思われるかもしれない。

こういう時、自分の天邪鬼で面倒な性格を呪いたくなる。

だって、今告白したら、俺の意思じゃないみたいじゃないか。

「広橋からのアタックを諦めさせるために付き合おう」なんて、本当に真奈美に対して真摯であると言えるのか。

口ではなんと言えても、態度には出る。


「あーーーーー、わっっっっかんねえ!」


倒れ込むようにベッドに体を預け、枕に顔を埋める。

俺は、どうすりゃいいんだ?






枕元のスマホが振動する。

気付かないうちに、1時間ほど寝ていたらしく、画面には「21:25」と表示されていた。

そして、その4つの数字の下には、真奈美のメッセージ。


【今、電話していい?】


「いいよ、今かけようか?」という提案に、ブサイクな猫が「おっけ〜」とサムズアップしているスタンプが送られてきた。

数回のコール音の後、真奈美が出た。


『もしもし?』

「……もしもし」

『どうしたの?』

「……『電話していい?』って言ったの、真奈美の方じゃん」

『そうだね』

「何か用事あったんじゃないの」

『そうだね』

「なんだよ、勿体ぶるなあ」

『明日、慎吾の家行っていい?』

「いいけど……それだけ?」

『それだけだよ』

「別に、電話するほどじゃなくないか?」

『そうだね』

「……なんだよ、言いたいことあるならはっきり言えよ」

『ねえ』

「なに」

『やっぱり今から行く』

「は?」

『入れなきゃ玄関でギャン泣きするから』


そこで、通話は終わった。


今からだと流石に追い返すしかなくなる時間だが、それでも玄関で泣き喚かれたら入れるしかなくなるし、こういう時に女は強い。

泊まりは回避しないといけないし、どうするかなあ――俺は真奈美の説得法を考えつつ、寝汗を流すためのシャワーの温度を2度上げた。









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