第15話 宣戦布告 ver.2.0

「とりあえず奥使いますね」

「注文は」

「まかせます。広橋は未成年なんで酒NGで」

「はいよ」


合法ロリババア花音さんの核爆弾による甚大なダメージを引きずりつつ、なるべく他人を気にしなくて済む奥のテーブル席へ着く。

少しすると、黒ビールとホットミルクが運ばれてきた。


「あの、私キープでもいいですから」

「花音さんの話を真に受けないでくれ……とりあえず、乾杯」

「はい、乾杯です」


カチンとグラスを合わせ、ひとくちビールを飲む。

常温で、強めの苦味が喉を駆け抜ける。


「櫻木さん」

「広橋、先に言わせて欲しい。今日は、申し訳なかった」

「そんな、櫻木さんが謝ることじゃ」

「いや、広橋がせっかく考えてくれたものを、台無しにしたのはこっちだよ」

「違います。私が櫻木さんの好みも考えずに、一方的に連れ回しちゃったんです。そもそも、私がちゃんと櫻木さんと話したのって一昨日が初めてで、櫻木さんがどういう人かちゃんと理解してませんでした」

「……そうだな。俺たち、お互いのこと何も知らないんだよな」

「櫻木さん。私に、櫻木さんのことを教えてください」

「うん、いいよ。俺にも、広橋のこと教えてほしい」

「はい」


それから、俺たちはお互いのことを語り合った。

互いの好きなもの、嫌いなもの。

表面の見てくれだけではなく、中身まできちんと知るために。


「なんかさ」

「はい?」

「俺たち、全然共通点ないよな」

「そうですね」

「ますます広橋がなんで俺のこと好きなのかわからないんだけど」

「私が空回りしたのをいいことにそのまま関係消滅させればよかったのに、こうしてフォローしてくれるところですかね」

「……勘違いすんなよ、俺があのまま終わるのが気持ち悪かっただけだから」

「そういうツンデレなところも好きです」

「ああ言えばこう言うなあ……」


いくら意識するような相手ではないとはいえ、こうして直接「好き」と言われると、照れ臭い。


「西野さんの元カレが先輩にいるって話、1回生でも話題だったんですよ。どんな人かなあって思って観察してたら、いつの間にか。石橋さんにわざと抜かせてあげたところとか、ちゃんと見てましたよ。西野さんが入ってきたら本気出して大人気なくブロックしたところも」

「うげ、あのとき広橋いたっけ……ごめん」

「友達2人と一緒でしたよ。髪まとめる前ですし、今みたいにセットもしてないですし、わからなかったのも仕方ないですけど」


よくよく思い返せば、確かに新入生3人組の中に広橋がいたような気もする。

あの時はバッシーにどう抜かせるかとか、真奈美が入ってきていいとこ見せなきゃとかしか考えてなかったな。


「櫻木さん見てたら、西野さんのこと好きなのなんてわかりきってますよ。でも、私にとっては考えられないことだったんです。櫻木さんはフラれて1年経っても、ずっと西野さんのこと好きだったんだなあって。普通あり得なくないですか?」

「……まあ、女々しい男だとは思う」

「女々しくなんかないですよ。一途で素敵じゃないですか」

「ものは言いようってやつだよ」

「元カノのこと引きずってるっぽい男の子なら、前にもいましたよ。でも、エッチに誘ったらホイホイついて来て、『お互い相性がいいみたいだし、付き合おう』って。そのくせ半年したら浮気したんですよ、その男」


もう温くなったであろうホットミルクを、広橋はぐいっと飲み干す。


「櫻木さんは違いました。また西野さんと付き合い始めてもないのに、『浮気になるから』とか言っちゃうんですもん。なんだそりゃって感じですよ」

「……なあ、その理論だとさ、俺が広橋のこと好きになったらダメなんじゃないの?」

「いいえ? 性欲に負けての鞍替えなら嫌ですけど、櫻木さんが体目当てじゃなくて女の子の中身を見てくれるような人間なのは、今日だけでも十分わかったので」

「こういうこと俺が言うのもなんだけどさ、俺と真奈美、両想いだぞ」

「知ってます。でも、まだ付き合ってないですよね?」

「それは、そうだけど」

「言いましたよね、『私、諦めませんから』って。西野さんより櫻木のことよく知ってるわけでも、西野さんより櫻木さんと過ごした時間が長いわけでもありません。でも、私は西野さんより櫻木さんのことが好きです」


広橋は、じっとこちらを見つめる。

そんな彼女の視線から、そして好意から。


「……もう遅い時間だし、帰ろう。送るよ」


俺は、逃げた。




がっかりした心情を顔から隠さずにガクッと肩を落とした広橋は、「まあ、こういう所も櫻木さんらしいです」なんて言いながら、幹生さんと花音さんに挨拶に向かった。

合法ロリババア花音さんが「略奪愛も立派な愛だからね!」なんて余計なことを吹き込むのを横目に、会計に向かう。


「毎度。もうちょっと売り上げに貢献してってくれ」

「すみません、気が利かなくて」

「次は高いワインかウィスキー出させるくらいになっててよ?」

「……善処します」




帰り道、もう何も言わずに手を繋ごうとしてきた広橋を、俺は抵抗することなく受け入れた。昼間より強く握られたその手は、広橋が俺の逃げを許していないことの何よりの証明だった。


「着きました。寄っていきます?」

「寄らないよ」

「ざーんねん」

「……その、ごめんな。あんなに真っ直ぐに、好きって言ってくれたのにさ」

「手、逃げずに繋いでくれたので。それでチャラに……やっぱり、一発チョップさせてもらっていいですか」

「チョップって。なんか可愛らしいな」

「いいから、しゃがんでください。デコピンに変えますよ?」


デコピンは勘弁願いたいので、大人しくしゃがむことにした。


「目、閉じてください」

「グーはやめてな」

「閉じなきゃグーにしますよ」


おお、怖い。

こういう時は大人しく従うに限る。





目を閉じてから、3秒後。




「ひっかかりましたね。いただきます」




額に感じたそれは、覚悟していた硬さより、数段も柔らかいものだった。





「唇どうしのは、そっちからしてもらいます」








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