第13話 スロースタート
府内1番のターミナル駅、竹田駅。
竹田の待ち合わせスポットに迷ったら「とりあえずリトルマン前」と、飲み会の先頭打者でビールが注文されるくらいの確率でここを指定される。(ただし、府外の人間からはダンジョンと称されるこの駅で、府外の人間とリトルマン前で待ち合わせするのは推奨されない)
待ち合わせ時刻の10分前に到着すると、広橋歩は既にそこにいた。
「よう」
「遅いですよ、櫻木さん」
「別に遅刻じゃないだろ」
「女の子より遅く着いたらその時点で遅刻です」
「中々に無茶苦茶なルールだな。とはいえ待たせたんなら、ごめん。結構待った?」
「今日のデートすごく楽しみだったので、1時間くらい待ちました」
「それでそっちより遅かったら遅刻って、もう理不尽ってレベルじゃないか!?」
「冗談ですよ、多分電車1本差くらいです。ところで櫻木さん、お願いがあります。これからは『歩』って呼んでください。私も『慎吾さん』って呼びます」
ぴん、と人差し指を立てて振り向いた彼女の本日最初の要求は、「名前呼び」だった。
「まだ名前呼びするほど仲良くないだろ、広橋さん」
知り合ってせいぜい1ヶ月程度の相手に名前呼びするほど僕は人間関係に開けっ広げではない。それに、この馴れ馴れしさを許容すると、一気に懐に入られそうだった。
「まだ、ですか」
「揚げ足取りやがって」
「取られる方が悪いんですよ。せめて呼び捨てじゃダメですか。さん付けは私が嫌です。全くの他人みたいで」
「全くの他人じゃないか」
「そんな、可愛い後輩に向かって、ひどい。えーんえーん」
「明らかに後ろが嘘くさい棒読みなんだけどなあ」
とはいえ、泣き真似しか見えていない周りからは、ちょっと白い目で見られている様子。
「わーったわーった、じゃあ呼び捨てな、広橋」
「やった。じゃ、まずはご飯にしましょうか。どこか行きたいお店ありますか?」
「サイゼ」
「……それ、本気で言ってます?」
「ジョークに決まってんだろ」
なんだ、その汚物を見るような目は。
いくら俺とはいえ、女子とわざわざ竹田で待ち合わせして2人で行くところにサイゼをチョイスするほどセンスがないわけじゃないぞ。
「はあ、全く。デートプランが全部台無しになる所でしたよ」
「ごめんごめん。そうだな、朝ご飯食べてないから、ちょっと多目のとこがいい」
「私も朝食べられなかったので、丁度いいですね。第4ビルの洋食屋さんでいいですか?」
「いいよ」
「じゃ、行きましょう」
「ほい」
ゴールデンウィークの人混みの中を、なるべく歩幅を合わせながらすり抜けていく。
少しはぐれかけたので振り返って確認すると、そこには膨れっ面の広橋がいた。
「なんでポケットに手入れてるんですか。きういうときは『はぐれないように、手を繋ごう』とか言ってくださいよ!」
「えー……勝手に恋人繋ぎしてきそうじゃん……」
「よくわかってますね。もしかして私のこと大好きなんじゃないですか?」
「そうはならんだろ。正直手を繋がなくて済むならそっちの方がいいんだけど」
「ポケットに入れたままにするんだったら、腕に抱きつきますよ。私の胸の感触を味わいたいなら突っ込んだままにしてください。ちなみに、アルファベットで言うと――」
「あーあーはいはいわかったわかった、それ以上は言わんでいい。普通に繋ぐだけならいいから」
脅しに負けて右手を差し出すと、広橋は鼻歌を歌いながらぶんぶんと振って歩き出すのであった。
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