第12話 開戦

「お邪魔します。ごめんね、いきなりで」

「いや、全然。こっちこそ寝起きのこんなカッコで悪い」


真奈美から袋を受け取り、冷蔵庫に入れるべきものをチェックすると、酒の缶に混じって、タッパーが2つ入っていることに気付いた。


「これ、なに?」

「つまみにでもどうかと思って、ピーマンの肉詰めと春巻き作ってきた。簡単なのでごめんね」

「いや、マジでありがたい。酒買ってきてもらって悪いんだけど、今日はこっちにしよう」


チューハイやビールと入れ替わりに氷と炭酸水を取り出して真奈美に手渡し、棚からグラス2つとウィスキーを取り出す。


「それ、けっこういいやつじゃないの?」

「二十歳の祝いに美濃さんから貰った。美濃さんがうちに来た時に開けようかと思ったんだけど、『酒が入ると打牌選択が鈍る』って言ってお流れになってさ。彼女より麻雀の優先度が高い人は格が違うわ」

「あはは、小刀さんも大変だね。でも、いいの? そんなの今日開けちゃって」

「俺が飲みたいから、それでいいんだよ」

「じゃ、ご相伴にあずかります」


宅飲みだからいいかと、少し濃いめにハイボールを2人分作って、取り皿を2枚持ってきてくれた真奈美に割り箸と一緒に渡す。


「じゃ、乾杯」

「乾杯」


若草のみずみずしい香りが鼻を通り抜けていく。ジャパニーズウィスキーの中でも特に有名な銘柄で、一時期売り切れになるほどというのも納得の味わいだった。


そんな至福の瞬間も束の間、携帯が震える。

記憶の片隅に封じ込めて見ないふりをしていたのだが、流石に対処しなくてはいけない時が来たのだろうか。


「電話?」

「うん」

「出ないの?」

「今切れた」

「またかかってきたけど。……広橋さん?」

「出なくていいやつだよ」

「……ごめん、怒るなら後で好きなだけ怒って」

「へ?」


真奈美は俺のスマホを取ると、通話ボタンを押し、スピーカーホンにする。


『やっと出た。もしもし、さっきの返事、ちゃんと聞けてないんですけど。明日のデート、来てくれますよね? もしもーし、聞いてますかー?』

「へえ、もうデートのお誘いとは、やるね」

『……西野さん?』

「はい、西野です」

『櫻木さんのさんが、どうして電話に出てるのかな?』

「今、慎吾と一緒にいるからだけど。慎吾は『出なくていいやつ』とか言ってたけど、それはに対して失礼だと思って」


あの、なんかお二方、露骨に特定のワードにアクセントつけてません?


『お気遣いどうも。で、櫻木さんに代わってもらえない?』

「スピーカーホンだから、慎吾にも聞こえてるよ。慎吾、明日のデート、行ってきたら?」

「は?」

『は?』

「他の女とデートするのを邪魔しないってルールだったでしょ?」

「いや、そうだけど」

「ちゃんと広橋さんとデートして、その上で私を選んでくれればいいから」

『……なに、その正妻面。ムカつく。後で吠え面かかないでよね。櫻木さん、明日遅れないでくださいよ』

「……分かった。じゃあ、また明日な」

『はい、また明日』


電話が切られた後、【西野さんに待ち合わせ場所とか時間言わないでくださいよ、尾行されたくないんで】とメッセージが送られてきた。

それに「了解。申し訳ない」とだけ返すと、【明日のランチ奢ってくれたら許します】と札束のスタンプが複数個送られてきた。

「仰せのままに」と字幕がついた土下座のスタンプを送ると、スマホの画面の向こう側で真奈美が土下座をしていた。


「大変申し訳ありませんでした。喧嘩するつもりはなかったのですが、つい熱くなってしまいました」

「……まあ、俺がちゃんと出てればいいだけの話だったから。さっきのは忘れようや。吸うか?」


真奈美にタバコを差し出す。

こないだとは違い、5ミリの重めのものだが、今のひと騒動を紛らわすにはむしろその方がいいだろう。

自分の分も1本取り出して火をつけると、真奈美に「つけてやるから」と手招きする。

何の疑いもなく真奈美がタバコを咥え、こちらに顔を向けてきたので、こないだのお返しをしてやった。




「『また、いつか』って言ったろ」

「……今とは思わないじゃん」

「俺と真奈美しかいないんだからさ」

「……ばか」




今は、真奈美のことだけ考えていたかった。

そして真奈美にも、俺のことだけ考えて欲しかった。


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