第10話 落ちる
「っと、真奈美だったか、大丈夫か」
「うん、大丈夫」
しばしの沈黙の後、寝落ち部屋を本来の目的で利用しに来たであろう真奈美の邪魔になってはいけないので、その場を立ち去ろうとする。
「待って」
しかし、Tシャツの裾を掴まれ、引き止められた。
「さっきまで、広橋さんと一緒だったでしょ」
「なんで、そう思ったの」
「トイレから出たら、こっちから来た広橋さんとバッタリ会って」
「……何かされなかったか」
「何も。でも、そう思わせるようなことがあったんだ」
純粋に心配をした結果、結構大きな墓穴を掘ってしまった。「語るに落ちた」とは、このことか。
立ち話もなんなので、真奈美を部屋の中に入れる。
なんとなくさっきと同じ場所に座るのは嫌な感じがして、逆サイドを真奈美に勧め、その隣に腰掛ける。
「その、告られた、のかな。……多分。いや、違うかも」
「なにそれ、どういうこと」
「『付き合ってください』とかは言われなかったんだよ」
「なら、別に告白じゃないじゃん」
「付き合う前に、その、確かめてみないかって誘われたんだよ」
「デート?」
「……いや、違う。その、アレだよ、体の相性っていうか」
「えっ」と声を漏らした真奈美は、広橋さんが戻ったであろうパーティールームの方へ振り返る。
「一応聞くけど、まさかここで――」
「してねえよ!! そもそも広橋さんとヤる気もなきゃ付き合う気もねえわ」
「だよね、安心した」
たちの悪い冗談かと思ったが、真奈美が安心しきったように息をついたのを見て、考えを改める。
「うかうかしてられないね、私も」
ぱん、と手で膝を叩き、真奈美が立ち上がる。
おい、まさか真奈美まで「セックスしよう」なんて言い出さないだろうな――そんな煩悩まみれの俺の思考は、真奈美から手渡されたマイクによってかき消される。
「久々に2人で歌おうよ、MIDORIの曲とかさ」
「MIDORI」とは、ラッパーの名前である。
「ボトムチキンキャップ
高校時代、西方のゲームを全作プレイするほどのオタクだった部活仲間がカラオケで歌っていたのをきっかけに、俺と真奈美はMIDORIや霊音泉の曲を聴き始めた。
実はウタやバッシーと意気投合するきっかけになったのも、MIDORIと同じく霊音泉に参加しているラッパー、
「あっちで歌うんじゃダメか」
「久々に2人っきりで歌いたいの」
「わかった」
酒のせいか、久々のデュエットの緊張のせいか、お互い噛み噛みのグチャグチャだったけれど、とりあえずノリで押し通した。あの頃は、お互い何を言ってるかすら自分でもよくわからなくなるような、こんな時間が楽しくて仕方がなかった。
3曲ほど歌い終えた後、「ごめん、一服」と喫煙所に向かう。
部屋を出ると、扉越しに次の曲のイントロが聞こえ始めた。
喫煙所に行くと、ウタとバッシーがいた。
どこにいたのかと聞かれたが、ちょっと寝てたことにして誤魔化した。
パーティールームではもう歌っている人間はおらず、王様ゲームなりトランプゲームなりが始まっているとのこと。
お前もどうだと誘われたが、真奈美を放置して戻るわけにはいかなかったので、再度寝ることにして元の部屋に戻った。
「わり、ちょっとウタとバッシーに捕まっ――」
ドアを開けると、先程の席から移動し、壁にもたれかかって寝息を立てている真奈美がそこにいた。
俺はその隣に座り、起こさないように真奈美の頭を俺の肩にそっと乗せた。
高校時代の部活終わりも、こうして2人で電車で寝てたんだよな。
そんな記憶に思いを馳せながら、俺も意識を手放す。
目を覚ますと俺の腕時計は午前3時を指しており、隣には、すやすやと膝の上で寝息を立てる小刀さんの頭を撫でている美濃さんがいた。
「起きた?」
寝ている2人を起こさないように、美濃さんが囁きかけてくる。
「はい」
「友紀がお前らのツーショット撮ってたぞ、あとで貰っとけ。そんで私たちも負けてられないとか言い出して、これだよ」
あの、小刀さん?
何してくれてんですかね??
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます