第8話 Question One

打ち上げが終わると、どこからともなく「2次会やるぞー」の声が聞こえてくる。

これはまたカラオケの流れだな。


「真奈美も2次会来る? 多分いつも通りカラオケだと思う」

「うん、久しぶりに慎吾の歌聴きたい」

「人数多いからマイク中々回ってこないけどな」


近場のカラオケ屋ではなく、ちょっと足を伸ばしてひと回り大きな店舗へ向かう。

スタンドマイクやお立ち台があるレベルのかなり広いパーティールームがあるため、2次会参加者が多少は予想より多くても収容できるからだ。

サブで2部屋通常の部屋をとり、途中で寝たい人間はそっちを使わせる。


福田さんと根来さんが1曲ずつ歌い、2次会の幕が開ける。

一応礼儀としてトップバッターの福田さんと根来さんの歌は聴いてから、ウタとバッシーと連れ立ち喫煙所へ向かう。

大会のためにここ1週間禁煙していたから、マジで限界だった。


「ヤニカスはえーよ」なんて野次に対して、「すんません」と乾いた笑いを浮かべ、喫煙所に向かう。


不真面目でクズな会話の合間に、煙を吸って、吐き出す。久々に味わうヤニクラは、なんだかんだ格別だ。

摂取したタールが20ミリグラムを超えた頃、ウタとバッシーは今年の新入生女子の格付けや、誰が狙い目かの吟味を始めた。

あまりそっち方面の話題は得意ではないので、俺にできることは黙って真奈美の名前が出ないことを密かに願うことだけだった。







結局真奈美の名前は1度だけ出たものの、その際は2人はこちらをチラ見して「フッ」と鼻で笑い、すぐさま違う女子の話に移った。

「なんなんだお前ら」と言ってやろうかとも思ったが、墓穴を掘るだけだろうと思い、煙と一緒に体内に押し込んだ。


カラオケルームに戻ると、俺が座っていた真奈美の隣には新入生の男子が座っていた。

まあ、別に真奈美の隣は俺の指定席ってわけじゃない。あんなに長いこと離席していたんだから、彼氏でもない人間が「そこに誰も座らせるな」とは言えるわけもなく。

次の練習日はあの新入生――たしか平石ひらいしとかそんな名前だったと思う――をボコボコにしてやることを心に決め、適当な空いている席に座る。


「はい、烏龍茶とメロンソーダ2つとメロンフロートです。……あっ」


ドリンクバーから皆の分を注いで戻ってきた新入生の女子が、コップを配り終えた後こちらを見て固まった。


「悪い、もしかしてここ座ってた? どくよ」

「いえ、それは申し訳ないので、大丈夫です。あ、でも、ちょっとつめてもらえますか?」


194センチの体をぐいぐい壁際に押し付け、可能な限り彼女に広めのスペースを作る。

「失礼します」と腰掛けた彼女からは、ふわりと柑橘系の香りがした。


「櫻木さん、今日かっこよかったです」

「試合見てくれてたの? ありがとう」

「フリースローめっちゃ決めてましたね。意外です」

「苦手って思われるの、デカい奴あるあるだから。むしろファウルゲームで狙って貰えるようにめっちゃ練習したのよ」


ふふん、と露骨にドヤ顔をしてみせる。

彼女は「おー」と言いながら、軽い拍手をしてくれた。

あれ、普通に感心された?

想定とは違う反応に、少し体が痒くなる。


「身長、いま何センチあるんですか?」

「先月の身体測定じゃ194.7だった」

「2回四捨五入すればもう2メートルですね。すごいです」

「それはちょっと無理やりすぎない?」


褒め方に独特のセンスのある子だな。

まあ、こういうのは嫌いじゃないんだけど。


「私もそれくらいあったらな」

「へえ、意外。女の子は背が小さいほうがいいんじゃないの?」

「背が高くてスタイル良くてかっこいい人になりたいんですよー」

「でも、2メートルは流石にいらなくない?」

「あはは、確かにそうかも」

「実際今――」


あれ、ちょっと待てよ。

そういえば、この子の名前知らないな。

顔をもう1度じっくり見直したけど、マジで誰だっけ。


「ちょっと、そんなに見つめないでくださいよ〜」


両手を胸の前でふるふると振って困った風を装っているが、顔は満面の笑みだった。

そんな笑顔を消すことになるのは本当に申し訳ないが、流石に名前を知らないままなのもまずい気がする。


「あ、いや、ごめん。名前、なんだっけなって思って。見覚えないなって」

「……うわぁ……」


完全に「デリカシー・ナシオ」という二つ名が彼女の脳内で僕に与えられたことだろう。

露骨にドン引きされ、さっきの笑顔は一瞬で苦々しいものに変わった。


「本当に申し訳ない」

「なんかそういうのも含めて櫻木さんって感じなんですかね。広橋ですよ、広橋ひろはしあゆむ


広橋、広橋……え、嘘でしょ?


「……マジ!? 普段ポニーテールじゃなかったっけ? ぜんっぜん雰囲気違ったから、こんな可愛い子いたっけと思って」

「なんですか、それ。口説いてるんですか?」

「いや、本心、本心」

「そんなキャラでしたっけ」

「俺、今まで嘘ついたことないから」

「うわ、その言葉がもう嘘くさい」

「ホントホント。オレ、ショウジキモノ」


柄にもないことを言った自覚は、ある。

や、ちょっと暑いな、この部屋。

ポケットからハンカチを出して、顔の汗を拭う。

うん、よし、タバコ吸いに行こう。

帰ってきたら隣が埋まってたことになれば、別の席に移る口実にもなるだろう。実際この席もそれが理由で座ったんだし。


逃げるように少し腰を浮かせると、俺の太ももに広橋に手が置かれた。

ただ置いただけなのに、漬物石でも置かれたかのような重さを感じ、抵抗すらできずに腰が落ちる。


「広橋、さん……?」

「正直者なら、嘘つかないで答えてください」










、彼女いるんですか?」




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