第4話 合掌

最初に1本衝撃的なスリーを決めた真奈美だったが、その後は小刀さんの他を放棄するレベルのマンマークの前にまともにシュートを打たせてもらえなかった。

それでもトータルで5本打って2本は決めているのだから恐ろしい。

さらに小刀先輩がゲーム後には握手を求め、「ウチ入ってよ」なんて言うものだから大変だ。

これはちょっと俺も男子のゲームで良いところを見せなければ。





……ソッコーで息切れして、「タバコ辞めろ」と先輩に叱責を受けてしまった。

ちょっと先輩方も気合い入りすぎじゃないですかね。普段あんなんじゃないじゃないですか。




サークル後には新歓の締めくくりとなる飲み会が開かれる。近くの店を貸切にして開催する、年間3大飲み会の1つだ。

事前に新歓担当が知らせてある通り、この飲み会は新歓であるにも関わらず、新入生に参加費が発生する。

新歓レクの参加もこの飲み会の参加条件に含まれており、タダ飯目的の新入生の参加の防止が目的だ。ちなみに昨日のBBQも500円だけ新入生から頂戴している。

ただ、実際会計の段になると、上回生が全て払うことになる。「この飲み会への参加は、実質的に入会意思の表明と同義であり、そんな新入生から金は取らない」とのことだ。

そんなつもりのない新入生がいたら申し訳ないが、今までこの飲み会に参加した新入生のほぼ全員が入会しているとのことなので、そういう認識が受け継がれていくのは仕方ない。


先に上回生が店に入り、各テーブルになるべく同人数になるように散らばる。

ここでは普段つるんでいる面子とは同テーブルにならない。新入生を置いてけぼりにして仲間内で盛り上がるのを防ぐためだ。

その後空いた席に新入生が座っていくのだが、普通は同チームになった先輩の所か、同学部学科の先輩の所に行くかの2択だ。


まあ、俺の隣には例外がいるのだが。


「他行けよ」

「慎吾目的じゃないし、小刀さんとお話したいだけだし」


先程真奈美と激闘を繰り広げた、女子部副長の法学部3回生・小刀こたち友紀ゆきさんが俺の斜め前に座っている。


「いやー、さっきはやられたねー。やっぱり経験者?」

「はい、中高とやってました」

「全国行ったりしたの?」

「いえ、県大会ベスト4が最高でした。こっちは行きましたけど」


真奈美が親指で俺を指す。

小刀さんには既知の情報だが、ここで「知ってるよ」とか言わずに、「へぇー、そうだったんだ!」なんて返すあたり、他人の顔を立てるのが本当に上手い。


「それが今じゃ10分も持たずに息切れするヤニカスとはねえ。去年はいい新人が来たって話題で持ちきりだったのに」


小刀さんがニヤニヤ笑いながらサラダを取り分けていく。


「あざす」

「褒めてないんだけど」

「分かってますよ。サラダの方です」

「ここでは吸っちゃダメだからね」

「そっちも分かってますよ。そこまでデリカシーない人間じゃないです」

「本当? ねえ西野さん、高校時代の櫻木ってどんな奴だったの?」

「理性の塊って感じでしたよ。酒も煙草もギャンブルもやらないタイプだと思ってました。もう私の知ってる慎吾じゃないです」

「ちょっと待て、酒と煙草はやってるが、ギャンブルはやってない」

「机に麻雀牌置いてたじゃん」

「麻雀は頭脳スポーツであって、ギャンブルじゃない」

「うわ出た。麻雀やってる連中は皆そう言う。洋介もそればっかり」

「洋介って?」

「副長の美濃さん」

「そ。んで、あたしの彼氏。デートより麻雀優先する以外はいいやつなんだけどね」


正しくは、「先に麻雀の予定が入っている場合は後からのデートの誘いを断る」のが正確なのだが、一般的な感覚で言えばデートより麻雀を優先していると思われても仕方ない。


「小刀さんって彼氏いらっしゃったんですね。お綺麗だし、フリーなはずないとは思ってましたけど」

「お、西野ちゃん上手だね。お姉さんが今度ご飯を奢ってあげよう」

「ありがとうございます。お世辞でもなんでもないですよ?」

「櫻木、見た? これが先輩を立てる後輩のあるべき姿ってもんよ。見習いなさい」

「あーはいはい、小刀先輩はお綺麗です」


酒が入ると割とダル絡みが増えるタイプの小刀さんは、おだてるより適当にあしらうのが良い。そうすれば勝手に美濃さんのところに甘えに行くと去年学んだ。というより、美濃さんから対処法を教わった。

ぶっちゃけ、俺以外の上回生も酔った小刀さんには基本的に塩対応だ。


「西野ちゃーん、後輩が冷たーい」

「安心してください、私は味方ですよー。それに、私も安心しました」


空になった小刀さんのグラスに、真奈美がビールを注ぐ。

そろそろ美濃さんにヘルプコールをする頃合いか。美濃さんは……いた、真反対のテーブルか。


「ちょっと失礼」

「小刀さんが慎吾の彼氏じゃなくて」


ガタン、ドスン。

何を言っとるんだこの女は。

思い切りずっこけて、全方位から注目の的じゃないか。


「……へえ、ほーん。ねえねえ、ちょっとそこらへんの話お姉さんに詳しく」

「美濃さーん! 小刀さんアウトでーす!」

「あ、こら! 逃げるな櫻木! お前は私に説明する義務がある! 洋介、今いい所だから! ちょ、引きずるのはやめろーーーー!!」

「友紀がご迷惑をおかけしましたー。皆様どうぞご歓談を続けてくださって結構です。要、2人分ここ置いとくな」

「あいよ。新入生のみんな、あの2人はいつもああだから気にしなくていいぞー」



福田さんの掛け声で、皆が元の会話に復帰した。

一声で場をまとめる力は、彼の右に出るものはいない。


「すごい人でしたね」


正面に座っていた新入生、今日同チームだった和泉いずみ大輔だいすけがやっと口を開いた。


「マジで小刀さんの相手は適当でいいからね。和泉くん今日全然喋ってないでしょ? サークルのことでも大学のことでもなんでも聞いてくれていいから」

「ありがとうございます。櫻木さん、工学部なんですよね。何学科ですか? 俺、機械金属工学科なんですけど」

「俺も機金ききんだよ。先金せんきんの方進んだけど、和泉くんはどっち希望?」

「マジっすか! 俺も先端金属コース志望なんですよ。なんか、木曜2限の線形代数が鬼らしいって聞いたんですけど」


なんと、和泉は直属の後輩にあたるらしい。

これは講義の情報や過去問をばんばか提供して、リスペクトを得るチャンスだ。

「都合のいいように使われるだけ」と思うかもしれないが、実際過去問をくれる先輩というのはそれだけでリスペクトの対象になるのだ。そして、その過去問をクラスに配布する奴は、クラス内で神に等しい扱いを受ける。これマジ。


「マジ。テスト一発なのが余計に鬼。救済措置なし」

「ひえぇ、櫻木さんは大丈夫だったんですか?」

「Cでギリギリセーフ。だいたい皆BかCだから、GPAはここじゃなくて別の所で稼いだ方がいい。落としたらまたこっち来なきゃ行けないから、捨てられないのがダルいんだけどな」

「『落としたらまたこっち来る』ってどういうこと?」


そうか、文系でこっちに居続ける真奈美はそもそも墨キャンの存在を知らないのか。受験会場もこっちだっただろうし。


「理系学部は2回の頭か後期から墨田キャンパスで講義受けるんだよ。こっちで単位落としたら、それを受けるためにわざわざバス移動。片道10分じゃ来れないから、当然前後のコマの授業は入れられない。平日は図書館前にバスが30分おきに止まるんだけど、『再履バス』って言ったらアレのこと」

「うっわ、面倒。あれ、じゃあ慎吾ってなんで清内キャンパスの近くに住んでるの?」

「あっちにはマジで何もない。飯屋かパチンコ屋か雀荘、以上。サークルも大抵はこっちの近くで活動してるし、通学は面倒でもこっちに借りた」

「俺、墨田の方に部屋借りちゃいましたよ」


ご愁傷様です。

無言で合掌して拝むと、「え、そのレベルですか!? てか、西野も拝むなよ!」と頭上から和泉の慌てふためく声がした。

ちらりと隣を見ると、真奈美も俺と同じように拝んだ姿勢でこちらを見ていた。

なんとなくだけど、2人で同じ姿勢なのがおかしくて、和泉に聞こえない程度に笑い合った。

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