第2話 リセット

「お久しぶりです、♪」


西野真奈美から発せられた一言に、その場の新入生や同回生全員の注目が俺に集まる。


「サク、知り合い?」


ウタがその場全員を代表して問う。

まだ1度名前を聴いただけの新入生達も、こちらを興味津々で見ている。

すまん、君達。そこの真奈美のせいで誰がなんて名前だったか全部吹っ飛んだわ。


「まあ、ちょっと」

「高校の後輩とか? ダメだよ、未成年がお酒飲んじゃ」

「あ、えっと、私は」

「それは言い訳にならない。ウチはそういうこと一切させないから」


彼女のことを後輩と思い込んでいるウタとバッシーが厳しく注意する。

真奈美の発言が原因とはいえ、未成年飲酒をしたことにされるのは流石に可哀想なので、事実を公表することにした。


「ウタ、バッシー。勘違いしてるようだけど、そこの西野真奈美は俺の高校のだからな。なーにが『お久しぶりです、先輩』だよ」

「……え?」

「ごめんなさい先輩方。実は私浪人組で、慎吾とは高校の同級生なんです。ちなみに誕生日も慎吾と同じ4月3日なので、ちゃんと成人してまーす」


いきなり明かされる事実に、ウタとバッシーの2人はついて行けていないようだ。


「先輩方を騙すつもりはなくて、慎吾をびっくりさせてやろうかと思っただけなんです。ごめんなさい」

「いやいやいや、こっちこそごめんね!」

「俺らもちょっとキツかったと思うからさ、気を悪くしないでよ」


3人がお互いに謝罪すると、再び場の興味は俺と真奈美の関係へと向いた。


「いやしかし、サクの同級生かあ。西野さんはサクがCROSSOVERうちのサークルにいるって知ってたの?」

「いえ、知りませんでした。ていうか、私が中岡大学入ったことも知らなかったんじゃないですか」

「え、そうなの?」


その通りだ。

高校の卒業式以来、一切連絡を取っていない。

あの日、俺はフラれた。

ただ、「別れましょう。サヨナラ」と、一方的に別れを告げられて。

正直、立ち直るのには相当時間がかかった。

こちらからいくら電話をかけてもLINEしても、ブロックされているのか、無視だった。

常々第一志望と口にしていた、東京にある別の大学に行ってるものだとばかり思っていた。


「おーい、サクー? 聞いてっかー?」

「え? ああ、悪い悪い。何の話?」

「サクが、西野さんがうちの大学来るって知ってたかって話だよ」

「ああ、いや、知らなかったよ」

「なんで?」


さて、どう説明したものかな。

上手い誤魔化し方はないものか――

最善策どころか、次善策になりそうな方法すら思いつかない状況。


「だって私達、別れてから連絡一切取ってないですもん」


真奈美が再び爆弾を落として来た。






その日のうちに、「櫻木慎吾の元カノが新歓に来た」という話はサークル中に広まった。

先輩方には「またゆっくり話聞かせろ」と肩を叩かれ、同回生からは「あんな美人な元カノがいたとかふざけるな」とか「へー、サクもやることやってたんだね」的な視線を向けられた。

担当の2回生が作った一時的な新歓用LINEグループを通じてだろうか、僕の連絡先を聞き出した真奈美は、「夜に話をしたい」とメッセージを送って来た。

高校時代とは別のアカウントから来たということは、機種変したのだろうか。

待ち合わせ場所に近所のカフェを指定したが、どうしても俺の家がいいと言って聞かなかったので、渋々折れた。










午後8時、送られてきた待ち合わせ時間ピッタリにインターホンが鳴る。

鍵を開けてドアを開くと、そこには昼のふわっとした雰囲気から、高校時代のスポーツ系少女風に戻した真奈美がいた。


「どうぞ」

「お邪魔します」


特にこれといった特徴もない、家賃55000円の1Kのアパート。


「片付いてるね」

「まあな」


真奈美をクッションを引いた座椅子に座らせ、俺はその斜め向かいに腰を落とす。

布団がまだ掛かったままのこたつ机の上には、今日久々に箱にしまった麻雀牌と、広げっぱなしの麻雀用マットがある。


「タバコ、吸ってるんだ」

「……悪いかよ」

「別に。ね、私も1本吸ってみたい」

「ダメだ」

「なんでよ」

「体に悪い」

「吸ってる人がそれ言うの? 1本だけだから。それに、『あの日』のこと、ちゃんと話したいから」

「それにタバコが必要なのかよ」

「必要」


仕方がないので、以前よく確認もせず間違って購入した1ミリのメンソールのタバコの封を開ける。

真奈美はそこから1本抜き取り、火をつけて吸い始めた……が、やはりゴホゴホと咳き込んだ。


「やっぱ辞めとけって」

「いいの、こんなの慎吾の苦しみに比べたら大したことないし」


灰皿のに吸いかけのタバコを置くと、真奈美はこちらに向き直り、深々と土下座した。


「本当に、申し訳ありませんでした。どんな罵声も受ける覚悟です。暴力も、好きなだけ振るってください。犯したければ、ゴム無しでも構わないので、気の済むまで犯してください。妊娠してもこちらで勝手に中絶します」

「……振るわないよ、暴力なんか。それより、ちゃんと話して」


真奈美は顔を伏せたまま、あの日から今日までの真相を話した。

そもそも、東京の大学は第一志望ではなかったこと。

一緒に中岡大学に入って、サプライズするつもりだったこと。

自分だけ落ちてしまったこと。

中岡大学一本で受験していたため、浪人せざるを得なかったこと。

そのことを言い出せず、ズルズルと卒業式の日を迎えたこと。

そんな自分が、俺の彼女に相応しくないと思い、暴走してしまったこと。

浪人中、一切の誘惑を断ち切るため、両親に携帯を没収してもらったこと。

その携帯が不慮の事故で故障して、機種変して連絡できなかったこと。

中岡大学に入学したら俺をなんとしてでも探し出し、謝るつもりだったこと。

そして許されるなら、もう1度アタックさせて欲しいこと。


「……言ってくれればよかったのに」

「本当に、ごめんなさい」

「新歓の時のアレは何」

「その、慎吾を見つけられて、テンションが上がってしまいまして」

「元カノなんてわざわざ言わなくてもいいだろ。こっちは1年かかって真奈美のことやっと吹っ切れたんだよ。それでこれから心機一転彼女でも作るかって時に現れて、これってさあ」

「そう、だよね。迷惑だったよね。私、また暴走しちゃった。もう、二度と慎吾の目の前には姿見せないから」


ああ、そうだ。

真奈美は、また暴走している。

勝手に勘違いして、勝手に俺の前からいなくなろうとしている。

そんなこと、今度はさせない。


「伝わんなかったかな。俺、今彼女募集中なんだけど」

「……えっ」


今まで平伏を続けていた真奈美が顔をあげる。その頬には涙の跡が浮かんでおり、目は真っ赤に腫れている。


「勘違いしないように言っておくけど、『よりを戻そう』とは言ってない。俺は今真奈美への好意なんてこれっぽっちも残ってない。だからサークルの女子とか学科の女子に自由にアタックするし、なんならマッチングアプリでも使って彼女作りに行くつもり。でも同時に、真奈美が俺にアタックかけるのも自由。それだけ」

「……じゃあ」

「俺と別の女の子のデートを邪魔するとか、裏で妨害工作するとか、そういうことしないんだったら好きにすりゃいい。別に俺以外の男に惚れるのも自由。結局何が言いたいかっていうと、俺はもう吹っ切れてんだからいつまでもウジウジ引きずってないでこれからの大学生活お互い楽しもうってこと!」

「……はい」


真奈美の頬に、またひとつ涙の跡が増えた。

灰皿にあった吸いかけのタバコはもう燃え尽きていて、そこからもう煙は上っていなかった。

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