07話.[確かに効果的で]
さて、俺らの関係は戻ったわけだが。
だからといって、なにかが変わるわけじゃない。
もちろん、先週と違って話しかけてこないということはないが、それでもあくまで学校では友達を優先するからだ。
なので、俺はまた廊下で過ごすことが増えていた。
理由は単純、ここなら察知して真衣がやって来てくれるから。
「ありがとな、美弥が世話になった」
「ふふ、いいのよ、まだまだ一緒に住みたいぐらいだわ」
「じゃあ、たまに泊まりに行かせるよ」
「無理ね、あなたのことが大好きすぎるもの」
本当かよ……。
いまの美弥にとっては五十嵐君にしか意識がいっていないぞ。
俺は確かにこの耳で嫌いと言われたのを聞いたし、それを嘘だとは言われていないから嫌われていることは確定している。
なので、そんなことを言われても悲しい気持ちになるだけだった。
「だから私が泊まりに行くわ」
「そうか、美弥も喜ぶだろうな。あ、そういえば聞いたか? 実は付き合っていなかったみたいだぞ」
「そうなの? あ、なるほど、あなたの気を引きたかったのね」
「そう言ってたな」
彼女は珍しく柔らかい笑みを浮かべながら「可愛いところがあるわね」なんて言っていたが、俺からしたらそれは悪手だとしか言いようがなかった。
まず変なことに男子を付き合わせたことが最悪だ。
その男子には彼女がいるらしいが、全く影響されないということはないだろう。
もしかしたらその恋人同士の仲を引き裂いていた可能性がある。
それと、付き合ってしまったのなら俺としてはどうしようもなくなるわけだからやっぱりアホとしか言いようがないわけで。
「しっかり相手をしてあげなさい」
「おう、あとは真衣の相手だよな、ひとりで寂しいってこの前口にしていたもんな」
「ふふ、そうね、泊まりに行った際には桃菜も誘っていっぱいお喋りをするわ」
それなら菓子とかも買い込んでおいた方がいいかもしれない。
唐突に開催したがるふたりだし、単純に美弥が好きだから困らないし。
もし開催時期が遅くなってもゆっくりと消化していけばいいのだ、なんならふたりにあげたっていいぐらいなんだからな。
「辰也」
「なんだ?」
やけに真面目な顔だ。
いつもと違って冷たさがそこにない。
「美弥ちゃんを私にちょうだい」
「はは、それは美弥次第だな」
言いたかったことはそれかよとツッコミたくなったが我慢。
嫌いとか言ったりしないときは確かに元気で可愛らしいから気持ちは分かる。
「ふふ、冗談よ、それじゃあまた放課後に」
「おう、教室前で待ってる」
やっぱり人と話せる方がいいとそんな当たり前のことを考えた。
というわけで放課後までの時間は真面目に過ごして。
放課後になったらやって来た真衣と一緒に学校をあとにする。
もちろん桃菜もいる、何故かコーラ味の飴を見つめながらだが。
「そろそろバレンタインデーね」
帰っている最中、真衣がいきなりそう口にした。
確かにそうか、もう二月だし目の前にあるか。
俺はふたりから市販の物しか貰ったことがないから欲を言えば手作りしてほしいなーなんて考えている。
「自分用にいっぱい買うよ!」
「お友達にあげなくていいの?」
「あ、そっか、あれ結構大変なんだよねー」
友チョコってのもあるから異性にというだけにはなっていない昨今。
なんなら男子側からあげる人間もいるみたいだし、昔みたいに女子が男子になにかをあげる日ではなくなっているのかもしれない。
「一緒に作りましょ、ひとりあたりの量を少なくすればそこまで難しくはないわ、少なくとも人数分市販の物を買うよりも金銭的にも負担は少ないし」
「え、作ったことがないんだよね……、それにこれまではちろれチョコとかで済ませていたときもあったから安かったし……」
「桃菜、ん」
「あっちを指差してどうしたの? え、わっ、な、なになにっ!?」
目の前で少女が拉致られていく。
もちろんすぐに帰ってきたが、やけに張り切っているのは何故だろうか?
「真衣ちゃんっ、一緒に頑張ろう!」
「ええ、美弥ちゃんも呼んで三人で作りましょう」
「まとまったのか? それなら帰ろうぜ」
桃菜は先程と違ってすっかりハイになってしまっていた。
その原因となった真衣は両耳を両手で覆って迷惑そうな顔をしている。
まあ実際にうるさいからしょうがない、俺もできれば一緒に歩きたくはない。
残念ながら桃菜の自宅の方へひとりで歩いている最中でも静まることはなく。
「元気だな」
「そうね、暗いとあの子らしくないけれど少しは加減してほしいわね」
あれが自然の桃菜にとっては難しいだろうな。
多分、そのときは聞いてもすぐに普段通りに戻ると思う。
一応、謝れる人間だから許してやりたくなるが、回数を重ねるとちょっとな。
「ありゃ間違いなくすぐに体力切れを起こすだろうな」
「作る日は静かにしていてくれると助かるけれどね、それじゃあね」
「おう、またな」
真衣がいれば心配する必要はないだろう。
美弥は大人しく言うことを聞くからな、そう、美弥は。
桃菜については知らない、どれぐらいできるのかも分かっていないし。
だからせめて真衣の疲労が少なく済むようにと願っておいた。
「あ、あのっ」
「ん? あ」
最近の美弥はすっかりこの子の話ばかりしていたからなんとなく自分も友達になったような気分でいたのだが、いざ実際にふたりきりになるとなんと言えばいいのか分からなくなるんだなと俺はひとつ学んだ。
相手が異性だろうが男子だろうが歳が離れているとこうなるんだなと。
「あ、どうした? 美弥と一緒じゃないのか?」
「お兄さんに聞きたいことがありましてっ」
「落ち着け落ち着け、逃げたりはしないから」
俺が兄であることは言ってあるみたいだ。
あの一回しか会っていないのによく分かったなというのが正直な感想。
「美弥ちゃんのこと、どう思っていますか!?」
「どうって、大切な家族だな」
「本当にそれだけですか!?」
ちょい待て、なんで俺が妹をそういう意味で好きになるような人間だと思われているんだよ。
俺はそのことがたまらなく悲しかった。
桃菜や真衣のふたりしか友達がいないとはいってもふたりとも魅力的な異性であることには変わらないし、求めるのならまず間違いなくそのふたりのどちらかを求めるというもの、敢えてその中で小学生の妹を選ぶわけないだろうがと思いきり叫んでやりたかった我慢した。
最近の俺は何度も我慢できて偉い。
「えっと……五十嵐君だっけか?」
「はいっ」
「美弥と仲よくしてやってくれ」
これは言っておかないとな。
こうして裏でぼそっとさり気なくが重要なのだ。
あまり言い過ぎると押しつけになってしまうから。
「はいっ、任せてくだ――」
「あれ、
「し、失礼します!」
実際にばびゅんと音が聞こえた気がした。
対する美弥は「なにあれ」と少し拗ねた感じ。
「お兄ちゃんがなにか余計なことを言ったの?」
「いや、もう帰ろうとしていたところだったんだろ」
「それにしてもあやしいよね、あんなににげなくてもいいのに」
確かにそうだ、逃げる必要はない。
俺だってもうちょい上手く対応する。
帰るにしても理由を作るとかな。
なお、納得してくれるかどうかは相手次第だし、納得してくれないことの方が多いが。
「結城くんに作るチョコだけすごく辛くしちゃおうかな~」
「や、やめてやれ」
いかんぞ、間違いなく真衣から悪影響を受けている。
ハイテンションなところは桃菜から、それはいいが前者は駄目だ。
「いいか? 自分がされて嫌なことを他人にしては駄目だぞ?」
「しないよ、……結城くんにきらわれたくないし」
「そうか、それならいいんだ」
いつまでもこんなところにいたところで意味もないから久しぶりに美弥と帰ることに。
「おおみそかのことだけど、もしももちゃんや真衣ちゃんがあの場に現れたらお兄ちゃんは絶対にいっしょに過ごしたよね」
「いきなりだな……」
それでも美弥を放置したりはしなかったと誓える。
寧ろあそこで会えていたら嫌いと言われるようなことにはならなかったんだから来てくれればよかったのにとしか言いようがない。
もっとも、桃菜とは微妙だったし、夜中に一緒に出るようなことはこれまでもしてこなかったから真衣が来るとは思えないが。
「お兄ちゃんはももちゃんが好きなの?」
「美弥は五十嵐君にだけ意識を向けておけばいい」
「ふーん、小学生の私が素直に言ったのに、高校二年生のお兄ちゃんはかくすんだ」
……これも絶対に真衣からだ。
一ヶ月ぐらい一緒に過ごしていたんだから似たような感じになるか。
「み、美弥」
「知らない、情けないお兄ちゃんなんか」
「そ、そう言ってくれるなよ」
「真衣ちゃんが言っていた通りだったね、男の子で身長も大きいのに情けない子なんだ」
普通に泣きたい。
嫌いと言われたことよりも淡々としていてダメージが大きいというか。
「いや、あの、ほら、桃菜のことは確かに好きだけどさ」
「ふーん」
「でも、いきなりそういうつもりで意識しろと言われてもさ」
「なにが言いたいの?」
「情けない男の子ですみませんでした……」
俺といてくれている異性って真衣に引っ張られすぎだろ……。
そこまで素晴らしい人間というわけじゃないぞ、すぐに毒を吐くし。
それでも参考にしている人間にそんなことを言おうものなら言葉でぼこぼこにされるから黙っておいた。
美弥の目がとにかく冷たくて今度は俺が家出をしたいぐらいだった。
「それで家事をした後に逃げてきたの?」
「ち、違う、自分を守るためにだ」
もう二十二時を過ぎているというのに桃菜はむしゃむしゃと菓子を食べていた。
それから美弥と同じように冷たい視線で貫いてくる彼女。
「まあ、真衣ちゃんのお家じゃなくて私の方を選んでくれたから許してあげる」
真衣の家になんか行けるかよ、まず間違いなくいい笑みを浮かべて「教育した甲斐があったわね」と言うぞあいつ。
ちくしょう、嫌いとか言われることになったのも全て真衣の計算だったんじゃないかと思えてくる。
思えばあっさりと家に住ませることになったのもおかしいよ、あまりにスムーズすぎるし。
だって俺からなにがどうしてああなったのかを聞いていたんだぜ?
それなのに諭そうとしないでいきなり家にっておかしい。
「さてと、そろそろ歯を磨いて寝なきゃ」
「そうだな、明日も学校だしな」
「たっちゃんは先に私の部屋に行ってて」
「おう――ん?」
「大丈夫大丈夫、私の部屋にベッドがないことはわかっているでしょ?」
まあいいか、今更気にするような距離感でもないだろう。
「ただいまー」
「おかえり」
本棚にあった少女漫画を適当に読んでいたのだが、
「普通に面白いな」
これ。
少女漫画だからって女子が読むもの、とはならないようだ。
俺、少女漫画を読んでいるんだーなんてことは言えないものの、決して恥ずかしがるようなことではないと思う。
「でしょ? 男の子でも楽しめると思うんだよね」
でも、いま読んだのは失敗だったかもしれない。
続きが気になって仕方がないのだ。
そして、主人公の女子が鈍感すぎる。
こういうところは桃菜に似ている? かもしれない。
ま、そんなアピールをしたわけではないからあれだが。
「敷けたよ~」
「おう、ありがとな」
おお、たまには敷布団でねるのもいいな……って、
「近くないか?」
普通は敷布団一枚ぐらい距離を開けると思うが。
「普通だよ普通」
「まあいいけどさ、おやすみ」
「おやすみ~」
長く起きていても仕方がないから寝ることに集中したのだが、
「おわっ!?」
怖い夢を見て飛び起きるという情けないところを晒してしまった。
「……どうしたの?」
「悪い、なんか首を絞められる夢を見てさ、気にせずに寝てくれ」
「怖いなら抱きしめながら寝ていいよ? ほら、抱き枕みたいな感じで」
「い、いや、流石にそんなことは……」
「温かい物を抱きしめながら寝ればいいと思うよ?」
彼女は掛け布団を少し捲って空いている場所をぽんぽんとタップした。
それでも動けずにいたらこっち側に当たり前のように入ってきて。
「えへへ、暖かい」
「おい……」
「ほら、抱きしめていいよ? あ、できないんだよね、だからこっちから抱きついてあげる」
いくら昔から一緒にいるとはいっても、こういうことをしたことはなかった。
寝るぐらいはしたことはあるが、こうして密着することはほとんどなかったから正直に言えばやばい……。
「あれ? 鼓動が速くなっているよ? あー、もしかしてドキドキしているの? もしそうなら嬉しいけどさ」
分かりやすく調子に乗っているような気がする。
でもまあ、実際その通りなんだから情けないことこのうえない。
「俺がここに来た理由、細かいところまでは言ってなかったよな?」
「うん、美弥ちゃんが冷たいからだとは教えてくれたけど」
「桃菜のことが好きなのかどうか聞かれたからだ。でも、俺はすぐに答えを出すことができなかったんだよ、美弥は自分は好きな人がいることをすぐに吐いたのに高校二年生の俺が隠すんだねって言ってきてさ」
「そうなんだ」
そもそもこれは相手にその気がなければ意味のない話。
だが、最近の桃菜の様子から見て、俺がその気になればあっという間にその関係になれるんじゃないかと考えていて。
「桃菜……ん? 桃菜?」
「み、見ないでっ」
「えぇ」
今更我に返ってるんじゃねえよ。
大して考えずに勢いだけで行動をするところは昔から変わらない。
「……たっちゃん、後ろから抱きしめて」
「まあいいけど」
相手が恥ずかしがっているのならなんにも恥ずかしくはない。
「寝ようぜ、明日も学校だから」
「うん……」
これが確かに効果的で、今度は怖い夢を見ることなく朝まで寝ることができたのだった。
「おはよう」
「お、おはよう」
起床したらたっちゃんが側にいるって……と固まった。
ここに来たのはたっちゃんの意思、でも、その後のことは私の意思でそうなったわけで。
「あ、あのあのっ、昨日のことはっ」
「落ち着け、桃菜のおかげで俺は気持ちよく寝られたぞ、ありがとな」
うぅ、ずるい、こういうときに限って柔らかい笑みを浮かべるんだからね。
とりあえずは起きて布団を畳む。
それからすぐに一階に移動してお母さんが起きてくる前にご飯を作ってしまうことにした。
だってからかわれたら嫌だし……。
「どうぞっ」
「いただきます」
昨夜にお菓子を食べ過ぎたのと、たっちゃんに甘えてしまったことで胸がいっぱいな私はその間に制服に着替える。
「ごちそうさま、美味しかったぞ」
「そっかっ、よかったっ」
「桃菜、洗面所に行くぞ」
「へ」
任意ではなく強制だった。
なんだなんだと困惑している内に櫛で髪を梳かれ始めた自分。
「短いときもこうしてやっていたよな」
「そ、そうだね」
……後ろから抱きしめられながら寝ていたときのことを思い出してとんでもなくかあと熱くなってしまった。
意地悪……ではないよね、私のことを考えてしてくれているだけだ。
「よし、さっきの爆発していた状態よりはマシだろ」
「あ、ありがと」
「行くか」
「うん」
……もうやってしまったことをいつまでも引きずったところで変わるわけではないから手を握ってしまうことにした。
いまはとにかく触れていたい、そうやって捕らえておくことでどこにも行かせたくないという考えがあった。
「おはよう」
「珍しいな、わざわざ待っていたのか?」
「あなたの代わりに美弥ちゃんと過ごしたのよ」
「あ、悪い、昨日は冷たくてさ」
「ふふ、しっかり言っておいた甲斐があったわね」
……やっぱりこのふたりはいつもこんな感じだから嫌なんだ。
普段はあんまり来ないくせに急に来てはたっちゃんと仲よさそうに話すこの感じ。
本当はよくないけどやっぱり嫌だと考えてしまう……。
「あら、手を繋いで歩いてきたのね」
「そうだな、なんか桃菜の手は温かくてよくてさ」
「分かるわ、小さいし可愛いものね」
可愛い……かなあ?
でも、慌てて離したりしないところはたっちゃんらしくていいな。
「辰也、少し先に行っていてちょうだい」
「お? おう、分かった、桃菜」
「うん……」
ああ、どうして素直に従ってしまうのか。
「さてと」
「たっちゃんのことが好きなのっ!?」
「え? ふふ、落ち着きなさい、あくまで友達としては好きだけれどそういう気持ちはないわ」
いまは信じよう。
ないものを疑ったところで仕方がないし、あまり話に出しすぎて本気になられても嫌だから。
私はたっちゃんのことが好きだ。
いまはただそれだけで真衣ちゃんとも戦える気がしたのだった。
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