05話.[だからいいんだ]

 面倒くさいが買いに行かないと腹が空いてしまうので外に出た。

 昼と違って真っ暗で、それでも普段よりも明るい気がするのは気の所為だろうか?


「あったけぇ……」


 やっぱり店内はいいな。

 家の中は凄くひんやりとしているからずっとここにいたくなる。

 だからついついゆっくり選んでいたのだが、それが失敗だった。


「あれ、たっちゃん? たっちゃんじゃんっ」


 あれえ? グループで集まって過ごす的なことを言っていたのにどうして男子君とふたりきりなのかなあ?

 まあ、男子とふたりきりで過ごす人間なんて知らないから無視することにした。

 だって知らない人と話すのは怖いし。

 昼とまんま同じ内容だとつまらないから色々自由に購入して退店。


「ちょっと待って、ってば!」


 足を止めて意識を後ろに向ける。

 当然、俺を止めてくれた主がそこにいるわけだが、当たり前のように男子君も存在していてうへえという気分になったが我慢した。

 それからジャスチャーでなんとなく伝えてみたのだが、


「なにをやっているの?」


 と、真顔で聞かれてしまいなんでもないと言うしかできなかった。

 多分、この男子君からしたら面白くないことだ。

 気になる異性が他の異性を追う、なんてな。

 だからなんにも触れずに去ろうとしてやったのに察することができない桃菜がこうして来てしまったことになる。

 普段からあれだけ異性と一緒にいるんだから男心も少しは理解しておくべきだと思うがな。


「それよりどうして無視をするの?」

「気づかなかっただけだ、店内にいたんだな」

「思いきり目が合ったよね?」

「まあそんなことは重要じゃないからな」


 どうにかして別れたい。

 でも、俺は言葉選びを失敗してしまったと後悔していた。

 どうでもいいとばかりに切り捨てたら人間は気になるもの。

 された側であれば尚更のことだ。


「どうしてそんなに冷たいの……?」


 救いだったのは声を荒げるわけでもなく、ただただ悲しそうな顔でそう聞いてきたことかな。

 これは冷たくしているんじゃなく、横の無言男子のためにしているわけなのに全く理解してくれないのはアレだな。

 多分、普段は複数の人間と仲良くしたいと考えるからだと思う。

 それが分かりやすく足を引っ張っているというわけではないが、相手からすれば特別にはなれなくてもやもや~なんてことにも繋がっていそうだなと。


「それはあれだ、外が寒くて早く家に帰りたいからだ。寒い中、誰だって外に長時間はいたくないだろ?」


 俺が勝手にそう捉えているだけだが複数でいる人間達を見ると幸せそうに見えるんだ。

 これからひとりで過ごすことが確定している人間にとっては目の毒なのだ。


「寒いのはあんまり得意じゃないからな、分かってくれ、だから手を離してくれ」


 そこで案外あっさりと腕から手を離してくれた。

 これ以上一緒にいる意味はないからじゃあなと言って歩き出す。

 体が本当に冷えていた、だから早く帰りたいと考えるのはなにもおかしくはない。


「ただいま」


 家に帰っても誰もいないから普通に寒かったが、それでも外にずっといることよりかはマシだと片付けた。

 そこからは食べたり風呂に入ったりして適当な時間で寝たのだが、


「誰だよこんな時間に……」


 インターホンが連打されて起きる羽目になった。

 スマホで確認してみると現在は一時三十四分だった。

 まあ誰だよなんて言ったが来る人間なんて簡単に想像できる。


「なにやってるんだよ」

「……入れて」

「ほらよ」


 一応、あの男子のためだと説明してみたが納得はできなかったらしく、ぐずる子どもみたいにいやいやと首を振っていた。


「……そんなこと気にしなくていいじゃん」

「俺はみんなと過ごすと聞いていたからふたりきりでいたのは驚きだったけどな」

「私がみんなの代わりにお買い物に行くって言ったのっ」

「それであの男子が付いてきたということか」

「そうだよっ」


 まあ、みんなと過ごしていようがふたりきりで過ごしていようが俺にはどうでもいいことだ。

 クリスマスだってあっという間にこうして終わったわけだから。


「で、なんのためにここに来たんだ? 深夜にひとりで出たら危ないだろ」

「……たっちゃんの態度が気に入らなかったから」

「そんなの明日……というか今日の朝でいいだろ、子どもでも我慢できるぞ」


 美弥の方が間違いなく聞き分けがいいと思う。

 ただ、そんなことを直接言おうものなら大噴火させることになるからしない。

 こっちはあくまで普通に、いつも通りを貫けばいいのだ。


「本当は真衣ちゃんと過ごすためだったんじゃないの?」

「は? そうならそうと言うだろ」

「必死に逃げようとしていたところが怪しいもん」

「だったら聞けばいいだろ、真衣に直接」


 だが、彼女は一向に聞こうとはせずに「隠しているんでしょ」とか訳の分からないことを言うだけだった。

 そんな虚しい嘘をついてなんになる、もっと悲しくなるだけだろうに。

 つか、桃菜は楽しめたんだからどうでもいいことだろ。

 そんなに真衣が気になるなら真衣と過ごせばよかったんだ。

 違う人間達を優先したのは自分なんだから文句を言う資格はない。


「送るから帰れよ」

「やだ、そうやってすぐに帰らせようとするところが怪しいもん」

「じゃあ怪しいままでいいから帰れ」


 哀れな人間をこれ以上酷くさせるなよ。

 なんてことを考えつつ無理やり家から引っ張り出した。

 家の前まで確かに送り、いま来た道を歩いていく。


「はあ……」


 もう終わったが、ここまで微妙な一日になったのは久しぶりだった。




「お兄ちゃんただいま!」

「おかえり、楽しかったか?」

「うんっ、すっごく楽しかったっ」


 そうだよこれだよこれ、やっぱり美弥のこの笑顔がないと駄目なんだ。

 だから昨日は余裕があんまりなかったんだと思う。

 余裕がなければ駄目だとか考えておきながら全くもってちゃんとできていなかったから馬鹿らしいとしか言いようがないが。


「お兄ちゃんはどうだった?」

「楽しかったぞ」


 チキンが美味しかった、ピザが美味しかった、ケーキが美味しかった。

 そんな小学生並みの感想しか出すことができないが、それでも美味しい食べ物というのは寂しさを吹き飛ばしてくれるようなパワーがあった。

 もちろん、長時間効力を発揮するというわけでもないから桃菜を前に敗北したものの、クリスマス自体はほとんど不満もないかなと。


「お兄ちゃん」

「どうした?」


 おっと、これはまた真面目な顔だ。

 普段の笑みを引っ込めていることから真面目な話だということは分かる。


「私、好きな人ができた」

「そうか、格好いい子なのか?」

「うん、足が速くて、格好よくて、あとはやっぱり私に優しくしてくれるから」

「好きになってもらえるといいな」

「うんっ」


 じゃあ、桃菜と一緒にいるあの男子もそうなのだろうか?

 見た目は整っているし、桃菜が一緒にいることを選んでいるのなら優しいことは確かだろう。

 同じクラスなのに残念ながら足が速いかどうかは知らないが、桃菜からも同じような報告をされる日は近いような気がした。

 そして、こういうことを考えると実際にそうなるのが世というもので、


「私、川瀬くんと付き合い始めたから」


 わざわざ大晦日の夜にやって来て、わざわざ報告してくれたという流れ。


「そうか、おめでとう」

「……後悔したところで遅いから」

「ちょ、おい……」


 後悔ってなににすればいいんだよ……。

 まあいい、俺は美弥と一緒に神社に行こう。


「あ、五十嵐くんっ」

「あ、柏崎さんっ」


 なるほど、この子が好きな子ってところだろうか?

 中学生とかだったらふたりきりにさせてやるが小学生だからな、流石にそういうわけにもいかない。

 兄兼親みたいな立場の人間としてはやっぱりこの手を離すわけにはいかなかった。


「お兄ちゃん、いまだけは……」

「そういうわけにもなあ……」

「五十嵐くんといたいよ……」


 うっ、で、でも、やっぱり駄目だろう。

 相手がしっかりしていそうだから、美弥がしっかりしているから。

 それで任せてなにかがあった際に責められるのは俺だ、前みたいなことになっても嫌だから心を鬼にしてNOを突きつけた。


「……お兄ちゃんきらい」

「嫌いでもなんでもいい、会うのなら朝とかにしてくれ」


 どうせいまのまま年を重ねても仲良くなんて不可能だからな。

 ソースは桃菜、多分、同じようになって後から嫌われていたことだろう。

 だからいま嫌われていた方がダメージも少ない。

 というか、これは俺が正しいはずだ。

 小学生だけで深夜に行動させるなんてアホのすることだ。


「もう帰る」

「せめて日付が変わってから――」

「帰るっ」


 行きたいと言うからせっかく付き合ってやったのに……。

 もう思春期ということか、しょうがないよなこれは。

 高校生の俺らだって八つ当たりをすることぐらい――俺はないが、あるわけだからな。

 小学生にやめろと言う方が酷というものか。


「暖かくして寝ろよ?」

「知らない」


 しょうがないと片付けることしかできなかった。




「寒いな」


 一日限定ではあるが家を追い出されていた。

「五十嵐くんをつれてくるから家を出てて!」と美弥に言われてしまって従うことしかできなかった。

 まあ朝に会えと言ったのは俺だからしょうがない、うん。

 そういえば当たり前のように真衣と会うのは冬休み後になりそうだ。

 連絡だって全くよこさないし、俺のことが嫌いなんだろうな。


「俺、嫌われすぎだろ」


 決して相手に暴言を吐いたとかそういうことではないと思うんだが……。


「あら、ひとり寂しそうね」

「お、同じようにひとり寂しそうな人間と出会ったわ」

「一緒にしないでちょうだい」


 彼女は凍てついた表情でこちらを見てきた。

 そうでなくても寒いんだからやめていただきたいものだ。


「真衣は聞いたか? 桃菜が付き合い始めた話」

「え? そうなの?」

「ああ、大晦日に本人が教えてくれた、その様子だと聞いてなかったみたいだな」

「なんであの子私には……」


 俺に教えてくれた理由は態度が気に入らなかったからだと思う。

 だから真衣に言わなくてもよかったなどという思考はしていないだろうから安心していい。

 もしかしたら直接言いたかったのかもしれないしな。


「まあいいわ、あの子の自由だものね」

「だな」

「それでどうしてこんなところにいたの?」

「散歩だ」


 追い出されたことは情けないから言えなかった。

 真衣にそんなことを吐けば間違いなく笑われる、自業自得とか言われる。

 無駄にダメージを負う必要もないからこれでいいのだ。


「私は美弥ちゃんに会おうと思って出てきたの」

「あ、いまはやめてやってくれ」

「あら、どうしてなの?」

「友達と一緒に遊んでいるからさ」

「ふむ、それなら確かに邪魔をするのは悪いわね」


 その五十嵐くんが真衣の見てくれに騙されて惚れてしまう可能性がある。

 その点、ここで止めておけば少なくともそれはなくなるわけで。

 ま、美弥が頑張らなければならないことには変わらないわけだが、それでも○○がいなければよかったのになんて八つ当たりをしなくて済むかもしれない。

 一応、嫌われようが兄だからな、妹のために動いてやりたくなるものさ。


「それなら哀れなお兄ちゃんに相手をしてもらおうかしら」

「いいぞ、なにがしたいんだ?」

「そうね……」


 彼女はあごに手を当てたまま長考。

 当然、その間も留まっているわけだからどんどんと冷えていく。


「私の家に行きましょう」

「分かった」


 小遣いはたんまりとあるがなるべく使わなくて済む方がいい。

 なので、彼女の提案は俺的にありがたかった、単純に暖かいし。


「お邪魔します」

「ふふ、律儀ね」


 当たり前だ、人として最低限の常識はあるつもりだ。

 ソファに遠慮なく座らせてもらってゆっくりとする。

 屋内にいられているというだけでなんでこんなに幸せなのか。

 しかも彼女は自分が寒いからだろうが暖房を点けてくれた、最高だ。


「どうぞ」

「ありがとう」


 温かい飲み物もいい。

 救世主というか女神のように見えてくる。


「それで? お散歩、なんて嘘よね?」

「いや、冬はどうしても運動不足になるから歩いていた――」

「嘘、よね?」


 ……同じ問答を続けることの方が負担が大きいから大人しく吐いた。

 意外にも彼女が笑ってくるようなことはなく、また意外にも「私だって同じ対応をするわ」と同意してくれた。


「悲しいわね、美弥ちゃんが行きたいと言ったから連れて行ったのに」

「まあ、どうせ後で嫌われるだろうし早い方がいいんだよ」


 中学生や高校生になったら間違いなくいまみたいにはいてくれないだろう。

 笑顔も減って、家にいる時間も減って、会話も減って、顔を合わせればため息をつかれたり舌打ちをされたりもするかもしれない。


「だからいいんだ、真衣や桃菜がいてくれるからそこまで不安じゃない」

「でも、私達でもサポートしきれないかもしれないわよ?」

「気にしなくていい、ただいてくれるというだけで俺的には大助かりだよ」


 情報の把握ができなくなると途端に不安に襲われる。

 その点、桃菜……はともかく真衣がいてくれるとありがたいというものだ。

 相談したいこととかもあるだろうから年上の知り合いがいるというだけでやっぱり違うものだから。


「ねえよかったの? 桃菜のこと」

「いいだろ、あの男子を好きになれたってことなら」


 買い出しにも一緒に行きたがるぐらいだしな。

 桃菜がどれぐらいあの男子を好いていたのかは知らないが、相性が悪いわけではないということはこちらでも分かったことだし。

 とにかく、これでもう八つ当たりをされるようなことにもならないんだから俺的にはいいことばかりでしかなかった。

 考え方の違いや明るさの違いで結構ついていけず圧倒されることも多かったから。


「あなたを振り向かせたくてしているわけではなくて?」

「ないだろ、テスト週間辺りから全く来てなかったしな」


 たまにはとこちらから声をかけてみても「いまみんなと話しているから」とか言われてほとんど門前払い状態だった。

 まあこれまでに溜まった不満がいまになって爆発したということなんだろう。

 だから俺に言えるのはおめでとうということだけだ。


「ま、その点についてはあなたも同じなんですけどね」

「私は――」

「分かってるよ」


 俺達は結局のところ、大して仲がよくなかったんだ。

 ただなんとなく小さい頃から一緒にいたからいただけで、こうしてなにかがあればあっという間に消えるような関係だった。

 ひとりでは寂しいが、俺はそれでいいと思っている。

 ひとりだと寂しく感じてしまう情けない男の俺に合わせてほしいわけじゃないからな。

 他人のやりたいことを我慢させてまで側にいてほしいわけじゃないんだよ。


「でも意外だよな、高校二年生のいま付き合い始めるなんてさ」


 小中、高の一年まで常に沢山の人間と桃菜は関わってきた。

 異性だってもちろん側にいて、桃菜の側にいるような人間は皆基本的に顔が整っていて。

 告白されたとは聞いても受け入れることは絶対になかったからそれも影響していて。


「真衣はどうなんだ?」

「私のクラス、全員女の子だから」

「それでも男子とすれ違うことはあるだろ? 共学なんだから」

「あるけれど、すれ違ったからといってそれだけで好きになるわけないじゃない」


 別にすれ違っただけでとは言ってないだろうが。

 興味を持つようなことはなかったのかと聞いているんだ。

 そもそも、彼女にこんなことを聞くのは間違っているかもしれないがな。


「桃菜のことが気になるからそんなことを聞くのよ」

「別に好きとかそういうのじゃなかったぞ?」

「どうだか」


 相手もチャラいとかそういうのじゃないしな。

 つか、美弥にきらいと言われたことがとにかく痛いんだ。


「真衣……嫌いって言われるのは辛いな」

「当たり前じゃない、いい言葉ではないもの」

「桃菜にも冷たく対応をしたわけじゃないんだけどな」


 積み上げるのは時間がかかるのに、崩れるのは一瞬なんて恐ろしい。

 それならひとつも積み上げようとしない方がいいのかもしれない。

 少なくとも俺はそういう風に考える、そのくせ、ひとりだと寂しいと感じてしまう面倒くさいところがあった。


「真衣が作ったご飯が食べたい」

「嫌よ、面倒くさいじゃない」

「そうか、なら長居してもあれだから帰るわ、それじゃあな」


 ひとりだと寂しく感じてしまうのならそう感じないように努力をすればいい。

 簡単だ、誰かと一切一緒にいなければいいのだ。

 そしてもっと言えば、俺はそれを特に意識することもなく実行できる。

 気をつけなければならないのは表情筋のことだろうか?

 間違いなく衰えるからたまにトレーニングをしないとな。


「寒かった」


 十七時頃に家に帰った。

 適当に夜ご飯を作って、適当に溜めていた風呂に入って。

 部屋で作った物を食べて、洗い物を済ませた。

 いつまで経っても無くならないテーブルのそれにラップをかけて部屋に戻る。

 会話なんて必要もないだろう。

 嫌いな人間と会話したところでストレスしか溜まらないだろうしな。

 家でこの空気だとすぐには帰ってこなくなるかもしれないが、まあもう中学生になるからいいということにしよう。

 寧ろ早く帰ってこいなんて言えば言うほど、反抗的になって帰ってこなくなるだけだから。

 無駄なダメージやストレスを受けるぐらいなら放置を選ぶ。

 なにかがあってもそれはもう両親のせいとしか言いようがない。

 そもそも男の俺に世話をさせようとすることがおかしかったのだ。


「寝よう」


 冬休みなのにこんなことばかり考えていたら気分が滅入る。

 もう三日ぐらいしか余っていないから大切にしなければならないから。

 俺がこうして意識しなくてもそもそも向こうが話しかけてこないだろうし、やはり難しいことなどなにもなかった。

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