03話.[だからこそだよ]
十二月。
月が変わろうがより寒くなろうがクラスメイトが楽しそうなのは変わらない。
俺はそんないい空気を壊さないように廊下に出ているが、廊下でも盛り上がっている人間がいて悪い気分にはならなかった。
それに、
「辰也」
「よう」
こうして廊下に出ないと真衣とは話せないからしょうがない。
滅茶苦茶話がしたいというわけではないがまあ、美弥に優しくしてくれる人間とは仲良くしておきたいということだ。
「今度お買い物に行きたいの」
「分かった、荷物持ちぐらいはしてやるよ」
「ふふ、まだ手伝ってとは言っていないじゃない」
「手伝ってもらう気がないなら『今度お買い物に行くの』と言うだろ」
「あはは、辰也が真似をするとおかしいわね」
それに合わせて俺も買い物に行くかと決めた。
この前の約束があるから美弥も誘ってだ。
真衣も俺とふたりきりで行くよりも美弥がいてくれた方が楽しめるだろうからそれがいい。
ただ、桃菜にまたデートをしたとか言われても困るから誘うか?
真衣だったら間違いなく許可することだろう――ということでそれを話してみたら、
「いいわよ? 桃菜とお出かけなんて滅多にできないもの」
と、許可を貰えた、当たり前だ。
なんなら美弥を任せて三人で遊んできてほしいものだが、流石にそんな無責任なことはできないから付き合おう。
「え、私も行っていいの?」
「おう、真衣がどうしてもと誘ってきてな」
「行くっ、美弥ちゃんや真衣ちゃんがいるならなおさらだよっ」
よし、これで翌日に別で付き合わされることもなくなってラッキーだ。
あとはしっかり美弥を見ておかないとな、不安な気持ちにさせたくはないから。
「というかさ」
「ん?」
「なんでこそこそと真衣ちゃんと会っているの?」
珍しく会話が終わってからも離れないと思ったらそんなこと。
しょうがない、俺にとっての友達が桃菜か真衣しかいないんだから。
その桃菜が教室で友達と盛り上がっているということなら片方のところに行くしかない。
やっぱり誰かと会話できるのが俺も好きなのかもしれない。
「ねえ、これ見て?」
「髪か? 長いな」
「似合ってる?」
「昔みたいに短い方が似合っていると思うぞ」
「ふーん」
似合っていないのに似合っているなんて言えるわけがない。
相手のためにならない、だけど自由だから変える必要もない。
こんなことを言っておきながらなんだが、他人の意見なんて関係ないのだ。
「まだ行く日が決まったわけじゃないけどよろしくな」
「うん」
俺はわざわざその時間を確保する必要がないから気ままに待っておくことにしよう。
「お兄ちゃん早くっ」
「そんなに急がなくたって集合時間は三十分後だぞ」
朝からハイテンションすぎて困っていた。
女子のお買い物は長いらしいので、この元気さでいたら最後まで絶対に保たない。
そして疲れて動けなくなってしまったら美弥を背負いつつ荷物持ちをしなければならないからできるだけ抑えて行動してほしかった。
「あれ、もう来ていたのか」
「私が頼んだのよ? 早く来るのは当然じゃない」
じゃあなるべく早く終わるように願っておこう。
あと、荷物を持つにしても程々にしてくれと願っておいた、意味はないとは知りつつも。
「おはよーっ」
「ええ、おはよう」
「よう」
「おはよう!」
早速とばかりに歩き出した。
とはいえ、早めに来ていたのもあって結構ゆっくりに、ではあったが。
急いだところでまだ開店していないからしょうがないしな。
「美弥ちゃんは今日も可愛いねっ」
「桃菜ちゃんの方が可愛いよ!」
「いいじゃない、お互いに可愛いということで」
「真衣ちゃんはきれい!」
「ふふ、ありがとう」
美弥はふたりと手を繋ぎながら歩いていた。
飼い犬のようにふたりの顔を順番に見上げて、とにかく楽しそうだった。
それは開店時間になって、店内に入ってからも同じこと。
間違いなく途中でスタミナ切れを起こして背負う必要が出てくるなと予想した。
「なにが欲しいんだ?」
「気になったから入ってみただけよ」
「女子ってそういうの好きだよな」
俺だったら欲しい物が買える店に直行、購入できたら速攻で帰るけどな。
わざわざ遠回りをするようなことはしない。
でも、一対三のこの状況でそんなことを言ったら言葉でぼこぼこにされるから口にはしないでおくが。
「お兄ちゃんっ、これが欲しいっ」
「ちゃんとよく考えたか? 後悔するようなことにはならないか?」
「うっ、確かに前も勢いで買って……」
「よく考えて買えよ? そうした後に買うってことなら俺は止めない」
「うん……」
ひとりで移動させるのは不安になるからしっかり手を握っておくことに。
そうすればよく分からない物に貴重な小遣いを使う必要もなくなるだろう。
「やめる……」
「はは、そうか」
ある程度見たところで次へと移動。
今度は結構な店を見ることができる商業施設へ行くみたいだった――というか、元から真衣はそういうつもりだったのかもしれない。
たまたまその途中で気になった店があっただけでな。
「美弥ちゃん、一緒に歩きましょう」
「うん!」
そうか、兄ちゃんより姉ちゃんの方がやっぱりいいよな。
何度も考えたことではあるが中々に複雑だった。
複雑だったから桃菜の腕を掴んでおいた。
こっちもこっちでちゃんと見ておかなければならない人間だから。
「あのー、どうして私は腕を掴まれているのでしょうか?」
「放っておくと無駄遣いをしそうだからな、ちゃんと見ておかなきゃならないと思ってさ」
「無駄遣いとかはしないよっ」
これは同じようにハイテンションさを抑えさせる目的でもあった。
流石に桃菜を背負っての荷物持ちは辛いから。
「あ、たっちゃんにはこういう服が似合うんじゃない?」
「派手すぎだろ」
にしてもさっきから見ているのは服屋ばかり。
その度に楽しそうにできるんだから女子というのはすごい。
俺は一度購入したらそれが着られなくなるまで着まくる人間だから理解が追いつかない。
新しいのなんてやばくなってから買えばいいんだ。
「たっちゃん」
「もう掴んでないだろ、自由に見ればいい」
「うん、だけどつまらなさそうだったから」
「まあ、これが性差ってやつなんだろ、単純に考え方の違いとも言えるが」
あくまで今日は荷物持ち要因として付いてきているだけ。
あとは美弥のためと考えておけばそう損した気持ちにもならないだろう。
「辰也、美弥ちゃんがお腹空いたって」
「早いな、ふたりがいいなら行くか」
「ええ、私は大丈夫よ」
「私もっ」
すっかり元気さが失くなってしまっている美弥。
まあ、なにかを食べれば少しは回復することだろう。
いまからは俺がちゃんと見ておけばいいわけだし、ふたりに迷惑をかけることもない。
ただ、美弥と出かけるのは別にすればよかったと少し後悔していた。
ふたりといたいだろうから悪くはないんだろうが、真衣のことを考えるとな。
「ほら美弥、先に選べよ」
「うん」
ああ、これは食べたら食べたで今度はおねむになるぞ。
いつもなら「うんっ」と桃菜みたいに反応をするからな。
全員が選び終えたらまとめて注文して、美弥と一緒に飲み物を注ぎに行く。
「こらこら、ミックスはやめなさい」
「え、美味しいよ?」
「分からなくもないけど、美弥ももう中学生になるんだからさ」
「多分、中学生の子もやってるよ」
事実、俺がしていたからそんなことは分かっている。
それでも女の子なんだから気をつけてもらわなければならない。
ありえないとか馬鹿にされないためにもちゃんと言っておかないと。
……類は友を呼ぶということもあるし、同じくミックスジュースが好きな人間が集まるのかもしれないがな。
「たっちゃん……」
「次は桃菜か、どうした?」
「眠い……」
友達と盛り上がっている以外では寝ている人間だから無理もない。
しかも土曜日に出てきているわけだから休みたくなる気持ちは分かる。
「美弥ちゃんはこっちに座りなさい、桃菜は辰也の横」
「「うん」」
席を交換したタイミングで料理が運ばれてきた。
困ったような顔でこっちを見る美弥に気にせず食べろと言って。
どうせ順番に運ばれてくるし、三十分とか待たされるわけではないのだからいいのだ。
「ほら桃菜、きたぞ」
「眠い……食べさせて」
「子どもかよ、美弥がちゃんと食べているんだから自分で食べろ」
「あい……」
真衣がいてくれてよかったと思える一件だった。
食べ終えたら飲食店内で長居しているわけにもいかないからまた見始めた。
残念ながら眠さに負けた美弥を背負っているうえに、同じく疲れ気味の桃菜の腕を掴んで歩いているから結構大変で。
「ふふ、駄目ね、こうなることは容易に想像できていたけれど」
「悪いな」
「いいわよ、いますぐに欲しいという物ではなかったから」
ある程度のところで商業施設をあとにして家に帰ることになった。
「真衣、今度また付き合ってやるからさ、そのときは自由に見て回ってくれ」
「あら、ふたりきりなの?」
「まあ」
「それなら今度付き合ってもらおうかしら」
目の前で話せばこそこそとしているとは言われなくて済むだろう。
それにいま桃菜にとってこんな話はどうでもいいわけだからな。
もういまは早く帰って寝たいという気持ちが感じが凄く伝わってくる。
「それじゃあ――」
「あなたの家に行くわ、疲れ気味の女の子ふたりを前にして興奮されても困るから」
「俺をなんだと思っているんだよ、まあいいけどよ」
家に着いたらとりあえず美弥の部屋に移動。
「ごめん……」
「いいんだよ、このまま寝るか?」
「うん、眠たい……」
「じゃ、暖かくして寝ろ、夕方になったら起こすから」
「おやすみ……」
で、次は同じように眠たそうな桃菜のために布団を敷いてやることに。
「ほら」
「ありがと……」
リビングに戻って今度こそゆっくりする。
「お疲れ様」
「真衣もな」
自分ひとりだけであのふたりの相手をしなければならない状況を想像するだけで恐ろしくなってしまった。
だからまあ、もしそういうことが起こりそうになったら遠慮なく真衣を頼ろうと決めた。
「それにしても全く相手をしてくれなかったわよね」
「ああ、まあ手のかかる妹がふたりもいたからな」
「私、寂しかったわ、いくら美弥ちゃんや桃菜のことが好きなのだとしてもこんなの露骨すぎるじゃない」
「ならいまから相手をしてやろうか?」
「いいの? じゃあ遠慮なく」
で、どうして俺の足の上に座っているのか。
そんな美弥みたいな小学生がやるようなことを無表情でやってのけているということを考えると、うん、勇気があるなってそんな客観的な感想を抱いた。
「あなたは昔から桃菜に甘かったわよね」
「そんなことはないだろ、というか、真衣があんまり来ないから自然とそうなるだけだと思うけどな」
「あなたのところに行くと当たり前のように桃菜が来るじゃない、だからあまり行けなかったのよ。あの子自身は好きだけれど、少し声が大きいところがあるでしょう? あまり大きな声を出されるのは苦手だから」
「言えばやめてくれるよ、桃菜はそういう人間だ」
そうでもなければあそこまで人が集まってはいない。
それにいくら昔から一緒にいて仲良くしてきた仲であっても言うことを全く聞いてくれないのだとしたら俺は平気で切っていた。
だから切っていないということはつまりそういうことだ。
「あなたのそういうところは嫌いだわ」
「座っておきながら言うのか?」
「……だって桃菜のことばかりじゃない」
おっと、これはまた意外な感じだ。
つまりこれは妬いている、んだよな?
あの勉強や読書ばかりしてきた人間が、顔を合わせても馬鹿などといった、いいこととは言えないことばかり言ってくる人間がだ、これには流石に驚く。
「だったらもっと来いよ」
「どうせ桃菜を優先するじゃない」
「桃菜は友達が沢山いるからな、相手をしてくれると助かる」
同じクラスじゃなかったことが面倒くさいところかもな。
あくまで普通に接しているだけでも優先している的な風に捉えられてしまうわけだし、それなら同じクラスの方がよかったなと。
「真衣、不安がるなよ」
「……どうせ私は可愛くないもの」
「とりあえず下りてくれ」
「ええ」
普段ならこんなことをしようものなら言葉の暴力でぶっ飛ばされるが、今回の状態なら大丈夫だと判断して彼女の頭を撫でておいた。
桃菜にだって高校生になってからはしていない行為、これだけで贔屓しているわけではないことを分かってほしいが。
「たっちゃん……」
「疲れは癒えたか?」
「うん」
彼女は改めて座り直した真衣の横に座って横から抱きついていた。
「真衣ちゃん、普段からもっと来てよ」
「あなたが来なさいよ、ひとりで心細いんだから」
桃菜相手に話しているとはいえ、俺がいるところでこんなことを吐くということは相当寂しかったということになる。
こういうところは可愛いところかもな。
「だからこそだよ、毎時間一緒にいよ?」
「あなたはどうせ他の友達と過ごすじゃない、辰也とだって毎時間過ごしているわけではないじゃない」
確かにその通りだった。
何時間かに一回は一緒に過ごしたりもするが、それ以外では寝ているか盛り上がっているかの二通りでしかない。
昼だって毎日一緒に食べるというわけでもないから真衣が言いたくなる気持ちはわかる。
「それはたっちゃんが変な遠慮をして来てくれないからだよ」
「なかなか難しいわよ、慣れない人間の群れに飛び込むのは」
「そうかな? 私だったらすぐに友達になろうと努力をするけどね」
「全員が全員、そうやってできる人間ばかりではないのよ」
押し付けるつもりはないから向こうにも押し付けてこないように望む。
まあ大体の人間は自分から迷惑かもしれないからとやめるものだ。
「そっか、それでもたまには来てね」
「ええ」
「じゃあ私はこれで帰るよ」
「送るぞ」
「大丈夫っ、まだ明るいからね! ばいばい!」
なんとなく真衣を見てみたがまだまだ帰る気はないようだ。
彼女はこちらの手を握ってにこりと微笑む、まるで「邪魔者はもう消えたでしょう?」と言ってきているかのようだった。
そんなに酷いことを考えるような人間ではないからそんなことは絶対にないが、他人に甘えることを恥ずかしがっている彼女的には同級生の桃菜が帰ってくれたのは正直ほっとしたのかもしれない。
「学校ではこうしているわけにもいかないから」
「確かにそうだな、噂とか出そうだし」
「まあ、出たところで特に困るというわけでもないのだけれど」
「ああ、俺なんか『誰?』となるのが容易に想像できるぞ」
もちろん、そうなってくれた方がありがたい。
変なことで迷惑をかけたくないから余計に。
「私、桃菜のことがたまに羨ましくなるわ、あそこまで他人と上手く話せないもの」
「人それぞれだからな、無理をする必要はない」
真衣がいきなりあんなに明るくなったらまず風邪を疑う。
それでも継続するということなら嵐などがくるのではないかと不安になる。
実際は態度を改めたからといってなにかが起こるわけではないが、調子が狂うことは間違いなく起こることだろう。
「美弥ちゃんもそうね、笑顔が眩しいわ」
「俺は圧倒されるときがあるぞ、楽しそうにしていてくれて嫌なことはないけどさ」
ただ、体力管理がしっかりできるようになったらもっといいと思う。
すぐに疲れて眠たくなっていたら最後まで楽しむことができないから。
何事もバランスが大切だ、ハイテンションすぎると周りが疲れるからな。
「……私があんな風になったらあなたはどう思うの?」
「想像できないな、ただ、もう少し柔らかくなってくれたら安心できるかな」
「柔らかく……難しいわね」
一朝一夕で身につくようなことではない。
焦るとただ空回りするだけで無駄になるし、ゆっくりやっていくしかない。
そこで俺が言っておきたいのは、
「他人から評価されるためにということなら中々身につかないぞ、自分が本気で変えたいってことならゆっくりでも蓄えていけるだろうけどさ」
これ。
人間の脳というのは単純のようでそうじゃない。
いい方向に向かって努力をしているつもりが逆方向に向かっている可能性もある。
そういうことにならないためにも、土台はしっかりさせておかなければな。
「……このままだと桃菜に差をつけられてしまうわ」
「人によって違うのは当然だ」
彼女はこちらの手を離して床に座る。
それから「あ」と小さく漏らし、こちらを見上げてきた。
「なんだ?」
「言っておくけれど、あなたが好きだとかそういうことではないわ。同じ人間、同級生、同性、そのはずなのに扱いの差があるということに納得できないだけよ」
「安心できたよ、そして真衣らしいよ」
「勘違いしないでね」
絶対にそんなことはないと分かっているのに、もしそんなことになったら大地震が来るぞ、なんていう風に考えて苦笑した。
一応、彼女だって俺と一緒に過ごしてきたんだからどういう人間かを知っていると思っていたんだけどな。
俺は相当なことがない限りは人を好きになったりはしない。
俺が惚れ症とかあくまで普通の人間であったのならあっという間に桃菜か真衣を好きになっていたことだろう。
魅力的なふたりであることには変わらないからそうなることは容易に想像できる。
まあ普通の人間ではあるがそこら辺にいる野郎と一緒にしないでほしい。
「帰るわ」
「気をつけろよ」
「ええ」
危ねえ、あれはきっと試していたんだ。
だから今日はやけに甘いことばかり吐いていた。
そうだよな、真衣があんなことを言うわけがない。
「こっちが気をつけないとな」
簡単には影響されないつもりではいるが物理的接触などが増えるともしかしたらあっさりと負けてしまうかもしれないからな。
情けないところを美弥に見せるわけにもいかないから、兄ちゃんは頑張って現状維持を続けようと決めたのだった。
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