第77話「ラクルテル公爵家のお招き⑦」

 とんでもない話となってしまった。

 シモンの機転で腕相撲勝負に持ち込んだまでは良かった。

 怪我のリスクも軽減するし、要する時間も格段に速い。


 しかし!

 配下の精鋭達に対し、シモンが圧勝する様子を目の当たりにし、

 クラウディア父、ドラゴンスレイヤー『竜殺し』こと、

 アンドリュー・ラクラテル公爵の闘争心に猛火がついてしまったのだ。


 ため息を吐いたシモンは、仕方なく法衣ローブから革鎧へ着替えた。


 ラクラテル公爵家の騎士用革鎧を貸すと言われたが、シモンは断った。

 練武場のロッカー室に入ると、収納の腕輪から仕舞っておいた愛用の革鎧を取り出し、身に着けたのだ。

 着慣れた愛用の鎧の方が戦いやすいからである。


 だが剣の方は、借用した。

 使用するのは刃を潰した練習用の模擬剣。

 軽度の攻撃魔法が付呪エンチャントされた魔法剣だ。

 相手に触れると、雷撃が生じる仕様となっていた。

 この剣は騎士隊、王国軍、各種学校等々に採用され、ティーグル王国では広く使用されていた。


 練武場へ戻ると、腕相撲用の樽は既に片付けられていた。

 アンドリューは既に着替え、模擬剣を抱え、待っている。


 ふたりに対して、ブリジット、クラウディア。

 アレクサンドラ、そしてエステル。

 当然、数多あまたの騎士達の視線も一切に突き刺さる。


 誰も何も言わない。

 まさに嵐の前の静けさである。


 この戦いは、単に勝ち負けだけではない。

 どう決着させるかも重要だ。

 

 強者ドラゴンスレイヤー『竜殺し』、

 誉れ高き上級貴族家ラクラテル公爵家当主アンドリューのメンツを、

 下手に潰す事も出来ないからだ。

 かといって、あっさり負ける事は出来ない。


「シモン君」


「何でしょうか、公爵閣下」


「念の為言っておく。模擬試合だから、命のやりとりまではしない。だが……マジガチで行くから君は身体強化魔法を使って構わん」


 ここで、シモンはハッとした。

 目がきらりと輝く。

 『何か』を思いついたようだ。


「マジガチ、成る程……あ! そ、そうっすね。じゃあ魔法使いの俺は身体強化魔法を遠慮なく使わせて頂きます」


 シモンはアンドリューへ魔法使用を宣言し、更にギャラリーへ向かい、大声で叫ぶ。


「皆さぁぁん! 公爵閣下に只今、許可を頂きましたぁ! 俺、魔法使いなんでぇ、勝つ為に身体強化魔法を使いま~っす! ズルして人間の限界を超えま~す! ここに宣言しておきまあ~す!」


 アンドリューは、シモンの言葉を肯定する意味もあり、同じくギャラリーへ向かい、大きく手を打ち振った。

 そして、シモンに向き直り告げる。

 

「うむ、これで良い。遠慮なく身体強化魔法を使い、フルパワーで俺と勝負してくれ!」


「了解っす。あ、公爵閣下、ちなみに俺、攻撃魔法を含め、他の魔法は使いませんから」


「うむ! 攻撃魔法を使わないとは、シモン君は相変わらずフェアだ。分かった、どんどん来いっ!」


 いよいよ戦いが開始される事とんったのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 練武場の中央に、シモンとアンドリューは対峙した。


 軽く気合を入れ、身体強化魔法を発動したシモンを見て、アンドリューは驚愕し、

顔を輝かせる。


「おおおおおおっ!? な、な、何だっ!? み、みなぎる! こ、この気迫っ! なな、なんという巨大さ、強大さだっ! 受けるプレッシャーが、半端ではないぞっ! かつて俺が戦ったドラゴンのようだっ!」


 しかし、シモンはみなぎる巨大且つ強大な魔力の割に、極めて自然体。

 「ひょうひょう」としていた。


「……じゃあ、公爵閣下。時間もそうないし、そろそろ行きますか……」


 シモンが戦いの開始を促すが、アンドリューは「にやり」と、不敵に笑う。

 

「まあ、待て、シモン君! 頼むから、少し時間をくれ」


「時間を? どういう事でしょう?」


「うむ、君がこれほど実力を持っていたとは思わなかった。俺は戦いの中に生きる男、生粋の武人だ。だから最初から全開で行く。奥義たるスキルを発動させて貰うぞ」


「奥義たるスキル?」


「ああ、私が使うスキルも身体能力をビルドアップする。いわば君の身体強化魔法に近いモノさ」


「了解っす、公爵閣下。それともうひとつ、念の為。俺の剣は格闘ありの我流なんで、ご容赦くださいね」


「ああ、何でも来い!」


 ふたりは双方の条件を合意した。

 

「シモン君、では行くぞ! むん! おおおおおおおおおっ!!」


 アンドリューは大きく深呼吸し、大きく気合を入れた。

 強力な波動が放出され、アンドリューを包む。


 波動を感じたシモンが感心したように「ほう」と息を吐く。


「おお、公爵閣下、もしかしてそれ、闘気法ですか?」


「ふっ、知っていたか。さすがに博識だな」


 補足しよう。

 闘気法とは、魔法を使えない戦士などが使う身体強化法である。

 この『闘気』こそが、ドラゴンスレイヤーたるアンドリューの持つ凄まじい強さの根幹である。


 実を言うと、この『闘気』とは『魔力』である。

 この世界では、体内魔力を誰もが体内に宿している。

 全ての種族の老若男女がだ。


 その魔力を変換し、魔法を行使出来る才能を有する者が魔法使いなのだ。

 

 アンドリューは魔法こそ使えない。

 だが、特殊な才能を持っていた。

 そう、魔法使いが魔力を魔法に変換するように、

 アンドリューは魔力を闘気へと変える事が出来るのである。


 この闘気をもし魔法に例えるなら、付呪魔法エンチャントに近い。

 付呪魔法とは、様々な魔法を武器や防具、または道具に付けて魔道具に変える魔法だ。

 ちなみにシモンの持つ魔法の腕輪も、付呪魔法をかけた魔道具なのである。


 話を戻すと、アンドリューは魔力から生み出す闘気により、武器防具の効力をアップしたり、身体能力も向上させる事が出来るのだ。


 著しくパワーアップしたアンドリューを認め、シモンは興味深そうに微笑む。


「ええ、俺、闘気法は研究中っす。なので、公爵閣下の技は大いに参考となりました」


 シモンがしれっと言えば、アンドリューはハッとした。

 

「け、研究中!? 俺の技を大いに参考!?」


「はあ、ありがとうございます」


「も、もしやっ! シモン君は、闘気法が発動出来るのか!?」


「多分!」


「お、面白いっ! ぜ、ぜひ、やって見せてくれ!」


「ええ、まだ未完成のお試し中ですが、公爵閣下から許可を頂けるのなら、構わないっすよ」


「うむ、許すぞ! 大いにやってくれ!」


「了解っす。身体強化魔法を発動した上で、闘気法をやってみます。つまり能力の上乗せですね、ぬううう、ふんっ!」


 瞬間!

 シモンの身体が神々しい白光をまとい、まばゆく輝いたのである。

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