第73話「ラクルテル公爵家のお招き③」

 乾杯が終わると……

 ぜいを尽くした料理、そして飲み物が次々と運ばれて来た。


 ここで遂にシモンのリミッターが外れ、良い意味で開き直った。

 気持ち良く食べ、気持ち良く飲み、気持ち良く過ごし、礼を告げ、

上席、秘書と共に辞去しようと。

 またアルコールは絶対に摂らないと決めた。

 酔って、つまらない放言でもしでかしたら、つまらない。

 

 そして明日の日曜は溜まっている事務仕事を処理しようと決めた。

 

 という事で、旺盛な食欲を見せるシモン。


 しかしここでまた、エステルの気持ちを逆なでするような事件が起こったのである。


「シモン様、あ~ん」


 何と!

 クラウディアが、スプーンに乗せた料理をシモンの口元へ運んだのである。


「ええっと……」


 シモンは困惑する。

 しかし!


 クラウディア母のブリジットが、面白そうに微笑み、そして懇願する。


「うふふふ、シモンさん、お願い。ウチのクラウディアが男性にこんな事をするのは初めてなの。応えてあげて!」


「わ、分かりました」


「うふふっ、あ~ん!」


「ええっと、あ~ん」


 こうなると、クラウディアが「あ~ん」するのは当たり前のようになってしまった。

 当然エステルは憤怒の表情へ変わる。

 猛る犬のように憤った。

 もしくは、暴れ馬かもしれない。


「ううううう!」


 なだめ役はやはりアレクサンドラである。


「ほら、エステル、どうどうどう! 抑えて抑えて。想定内だし、第一ここはアウェーでしょ?」


「う~~っ!」


 エステルが何とか耐え、反動で料理をたくさんぱくつき……

 アレクサンドラもそれなりに食べ、食事は終わった。


 ちなみにアンドリュー、ブリジットの公爵夫妻、娘のクラウディアも笑顔でよく食べた。


 ということで、お茶を飲みながらの雑談に入る。

 まず口を開いたのはアンドリューである。


「シモン君」


「はい」


「このまま終わりというわけにはいかんぞ。君にはしっかりと礼をしないといけない」

「そうよ、爵位をくれとか、何か欲しいとか希望はある? それともお金が良いのかしら?」


「い、いえ、特には……希望は、転職したばかりなので、王国復興開拓省の仕事をしっかりやりたいだけっす」


「ふむ、相変わらず欲がない男だな、君は」

「ええ、ホントに。普通ならガツガツしているもの」


 ここでシモンは、アレクサンドラへ助けを求める。

 ヤバイ予感しかしない。

 帰りたい。

 だが、アレクサンドラの立場がある。

 彼女に後押しして欲しいのである。


「と、いう事でお礼をお聞きして、食事も終わりました。長官がもし宜しければ、申しわけありませんが、俺はそろそろ失礼しま~っす」


 しかし!

 アレクサンドラが何か言う前に、アンドリューとブリジットがさえぎってしまう。


「おいおい、駄目だ! シモン君」

「そうよ! わが家へ来たばかりじゃない。ゆっくりしていってよ」


「そうは言っても、仕事が山積みです。自宅でいろいろ調べ物をしますから」


「ふむ、まじめだな。人柄は良い」

「ええ、仕事に前向きで、熱心。サーシャが惚れ込むわけだわ。ね、サーシャ」


 ブリジットから激しく同意を求められ、苦笑したアレクサンドラは頷くしかない。


「は、はい、彼は確かに逸材ですよ」


「ええっと、長官、ここはそういうフォローしなくて良いっすから」


 しかし、シモンの言葉はまたもスルーされる。 


「シモンさん、サーシャは学生時代の大親友なの。サーシャ、ビディと呼び合う間柄。そして私もサーシャ同様、貴方の先輩、ティーグル魔法大学のOGよ」

「ははははは、そんな才媛のビディを私が見初めて結婚したというわけだ」


 息がぴったり、熱々のラクルテル公爵夫妻。

 やはりヤバイ。

 速攻で引き揚げるべきであろう。

 

 シモンは、そっと腰を浮かせる。


「な、成る程。素敵なお話ですね。で、では今度こそ、失礼しまっ~す」


「待て待て! クラウディアから聞いておらんのか?」

「ええ、ウチの娘がしっかり伝えているはずですよ」


「へ? 俺が聞いて? クラウディア様が伝えている? な、な、何の事でしょう?」


「何の事だと? 決まっているだろう? 結婚の事だ。クラウディアはまもなく適齢期だというのに、俺とビディが持って来る見合い話を全て断っていたのだよ」 

「ええ、ウチの娘は、男子がとても苦手なの。まだ婚約者が決まっていないのよ」


 補足しよう。

 ティーグル王国上級貴族家では、18歳までに結婚相手として婚約者を決める傾向があるのだ。


「えええ? そ、そ、そうなんですか、何も聞いてないっすよ」


「ああ、それにクラウディアは理想が高くてな。もしも結婚するならば、自分の父……つまり俺よりも強くなければ、夫にふさわしくないと、紹介した貴族家の男子をけんもほろろにし、見合い話を一切断っていたのだ」

「ええ、ええ、そうなのよ。この子は王族の方でさえ、お見合いをお断りしていましたから」


「はあ、それはそれは大変っすねぇ。じゃ、俺はこれでっ!」


 しかしシモンの言葉は全て『無効化』されてしまう。


「だがクラウディアが、生まれて初めてというレベルの、たいへん強く好ましい男子が居ると私達に告げて来たのだ」

「ええ! 夫婦してびっくりしましたわ」


「いやいや! たまたま助けた平民の俺がモノ珍しいだけっすよ。帰りま~す!」


「という事で、だ。もしもシモン君が俺に勝ったら、クラウディアと付き合う事を許そう!」

「ええ、アンディ。私もサーシャ推薦のシモンさんなら大が付く安心だわ」


「え~!? 何でそうなるんですか?」


「クラウディアや侍女のリゼットが絶賛するシモン君の実力を見てみたい。俺の眼にかなった強き者ならば、平民でも気持ちよく娘との結婚を許せる! という事だ。はははははははは!」

「ええ、我がラクルテル公爵家は力こそ正義なの。力なき正義は悪とも言うじゃない? 強き者に身分は関係ない。良い家風だし、分かりやすいでしょ? うふふふっ!」


「いやいやいやっ! 飯食わせて貰ってお礼は充分ですし、分かりやすくないっす。お願いします! もう帰らせてくださ~い!」


 ラクラテル公爵家の大広間には……

 シモンが発する魂の声が響いていたのである。

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