第74話「ラクルテル公爵家のお招き④」

 地獄のパワハラ研修では、議論により相手を説得するディベートも習得したシモンであったが……

 結局はクラウディアの両親アンドリュー、ブリジットのラクルテル公爵夫妻の強烈ともいえる『押し』に負けてしまった。


 アンドリュー、ブリジットとも、当然ながら愛娘と使用人を救ってくれた事には、大いに感謝しており、素直に礼を言う考えはある。

 だから実際に会って、直接礼を告げる為、無理を言って、公爵邸へ来て貰った。

 

 夫妻は会って、礼を言いながら、「シモンの『人物』を見極めよう」とも考えてもいた。

 クラウディアと侍女のリゼットが絶賛するシモン・アーシュとは、実際どうなのだろうかと、しっかり確認したいと。

 

 もしもシモンが、愛娘達が言うように『相当の器』ならば、単なるお礼以上の対応をしようとも考えていた。

 ラクルテル公爵夫妻にとって、恩人のシモンはいろいろな意味で『保険』なのだ。


 まずシモンとの「付き合いを許す事」で、彼を慕うクラウディアの両親への好感度は大幅にアップする。

 これは間違いない。


 更に……

 シモンが強くて誠実な人柄であれば、付き合う事で、クラウディアは良い意味で、男子に慣れる。

 つまり男子嫌い?は緩和されて行く。

 

 万が一、シモンと上手く行かなくても……

 将来しかるべき結婚相手と出会う努力をしてくれる……だろうと。

 断り続けて来た、上級貴族の子息との見合いをOKしてくれるかもしれない。


 もしももしも!

 シモンが想定以上にとんでもなく強かったら……

 単に娘の婿というだけでなく、旧知のアレクサンドラに筋を通した上で、騎士隊へ勧誘してもOK!とか……

 当然養子にして、正式なラクルテル公爵家の跡取りとし、将来の王国軍幹部将校にとか、いろいろと深い思惑おもわくがあった。

 

 実は……

 アンドリューの妻ブリジットは、親友でもあるこのアレクサンドラへ、

 シモン呼び出しの了解を取る連絡を兼ね、

「シモン・アーシュは愛娘クラウディアの婿候補として、どうなのだろうか?」と、事前に相談をしていたのだ。


 結果……

 アレクサンドラからは、シモンの人柄、実力とも、はっきりと保証され、良き推薦を受けていた。

 但し、「シモンにはすでに好意を持つ女子が居る」とも言われていた。

 また「シモンの引き抜きは絶対にNG」だと、びしっ!と釘も刺されていた。

 

 だが楽観的な性格のアンドリュー、ブリジットは夫妻ふたりで、アレクサンドラへ、「ぜひに」と頼み込めば何とかしてくれるとも考えていたのである。

 

 しかし……

 『全て』を知るにつれ、夫妻ふたりはシモンにぞっこん惚れ込む事となるが、それはまた後のお話……


 ……話を戻せば、ラクルテル公爵夫妻の押しに加え、クラウディアからは「うるうる目」でお願いされてしまった。

 

 こうなるとシモンは、このまま帰るわけにいかず『バトル』をOKするしかない。


「公爵閣下、奥様、分かりました。俺バトルをお受けします。但し条件があります」


 シモンがバトル勝負を受けてくれた事で、アンドリュー、ブリジットの顔は輝いた。

 喜色満面となる。

 シモンの出す条件を聞こうという気持ちになった。


「おお、条件か! 何でも言ってくれ」

「ええ、こちらから、無理にお願いするんだもの。最大限考慮するわ」


「はい、こちらから条件はいくつかあります。まず勝負の結果がどうであれ、うらみつらみは一切なし。遺恨を残さない事」


「ふむ、当たり前だ」

「当然ね!」


「それと命まで懸けるバトルは……お断りします」


「ふむう!」

「では? シモン君は何か勝負方法を考えているのね?」


「はい、公爵閣下、腕相撲で勝負させてください」


「腕相撲! おお、成る程! それならば、分かりやすい。短時間で且つはっきりと勝負がつく」

「うふふ、名案ね」


 そして何と!

 シモンは信じられない条件を出して来たのだ。


「それと、念の為。俺は魔法使いで元トレジャーハンターですが、魔法は使いません。身体強化魔法も攻撃魔法も防御魔法も、スキルも一切使いません。奥様がおっしゃったラクルテル公爵家の家風にのっとって、力のみで勝負します」


 これにはさすがにアンドリュー、ブリジットは驚いた。

 想定外の展開である。

 

「おおっ、魔法やスキルを使わず、正々堂々と自分の力だけで戦うのか!」

「大丈夫? シモンさん」


「ええ、構いません、大丈夫です」


 きっぱりと言い切ったシモンに対し、夫妻は清々すがすがしく思い、大いに好感を持った。


「うむ! 良くぞ言った! だがな、それでは魔法使いのシモン君には相当不利だ。本当に良いのか?」

「ええ、魔法使いが魔法不使用なら、シモン君が勝てる可能性はだいぶ低くなるわ」


「やるだけやって負けたら、仕方ありませんし、その方が皆さんもご納得するでしょうから」


 ラクルテル公爵夫妻と、クラウディア。

 そしてアレクサンドラとエステルを交互に見据えると……

 シモンは大きく頷き、はっきりと言い切ったのである。

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