第72話「ラクルテル公爵家のお招き②」

 エステルに宣戦布告をするかの如く、シモンの右手を、クラウディアがいきなり「がっし!」と握った。


 呆気に取られる使用人達を尻目に、クラウディアはシモンを「ぐいぐい」と引っ張って行く。

 

 一見、まるで「恋人」状態の「どなどな」

 しかし無理やり引っ張られるシモンには……

 犯罪事件を起こしたふらちなやからが、衛兵によって強制的に連行されるイメージしか湧かない。


 仕方なくという雰囲気でついて行くシモン。

 付き従う笑顔の侍女リゼット。


 その後ろを苦笑するアレクサンドラ。

 憤怒の表情のエステル。


 これって……まさに混沌カオス

 事態は……

 どんどん、とんでもなくヤバイ方向へ向かっている!?

 悪い予感しかしない。

 王国復興開拓省の為に、王国民の未来の為に!

 騎士隊や王国軍とつながりを持つように働きかける事を考える余裕など、今のシモンにはない。


 公園のような広大な庭を突っ切り……

 シモンはクラウディアに引っ張られ、主屋へ入った。

 そして、長い長い通路をひたすら歩き、王国復興開拓省の1階ロビーくらいある広々とした大広間に通され、巨大なテーブル席の上座『お誕生日席』に無理やり座らされた。


 シモンの隣にはクラウディアがぴったり寄り添い、甘えている。

 そして向かって左側には公爵夫妻が座っていた。


 こうしてシモンは……

 ラクラテル公爵夫妻、そしてクラウディアに囲まれるように座られ、かごの鳥のような状態となってしまったのである。

 

 そして普段の家族付き合いから考えられない事に、シモンからほんの少し離れた右側の席、下座に上席たる伯爵のアレクサンドラが、隣に秘書のエステルが座るような形となる。


 いくら自分に礼を言う為とはいえ、こんな席順は絶対にありえない!

 公爵の性格が読めない。

 一体どういうつもりなのだ?


 大きくため息を吐いたシモンが見やれば……

 

 アンドリュー・ラクルテル公爵に寄り添う夫人はクラウディアに良く似た顔立ちの、公爵と同年代と思われる端麗な顔立ちの金髪碧眼女性。

 アレクサンドラとは違うタイプの『美魔女』である。


 アンドリューが口を開く。

 夫人は満面の笑みを浮かべ、シモンを見ている。


「はははははは! シモン・アーシュ君! 先日はどうも! 今日は本当に良く来たな」

「うふふ、そう、貴方がシモンさんなのね」


「………………」


 シモンは一旦、沈黙した。

 ここは儀礼上、上席のアレクサンドラに仕切って貰いたい。

 だがラクルテル公爵夫妻は上席の彼女を飛び越えて、いきなり自分に話しかけて来たのだ。


 「ちら」と見ても、やはりというか、アレクサンドラは反応しない。

 公爵夫妻の性格を知り尽くしているのだろう。

 何か意味ありげな視線をシモンへ発しながら、ただただ無言で笑っているだけ。

 

 これは参った!

 だが、このままにしてはおけなかった。

 仕方ない、こうなったら自分が挨拶し、招いてくれたお礼を言うしかない。 


「は、はい、奥様、初めまして! 俺がシモン・アーシュです。そして公爵閣下! 本日はアレクサンドラ長官と秘書のエステルともども、我々3名をお招きいただき光栄の極みです」


 少し噛みながらも、シモンが立派に挨拶すると、アンドリューと夫人は顔を見合わせ、満足そうに、にっこりと笑う。


「うむ! 改めてシモン君が娘と使用人を助けてくれた事に礼を言おう。ありがとう! 恩に着るぞ。それと紹介しよう、妻のブリジットだ」


 ブリジットはシモンに対し、あでやかに笑う。

 やはり……クラウディアは母親の方に似ているとシモンは思う。


「初めまして、シモン・アーシュさん。私がクラウディアの母親、ブリジット・ラクルテルよ。貴方が助けてくれなければ、クラウディアは悪漢どもに無茶苦茶にされるところだった。侍女のリゼットが負った怪我の手当てもしてくれて……本当にありがとう」


「い、いや、ああいう状況で娘さん達を助けるのは当たり前の事だし、大した事はしていないっすから」


 控えめなシモンの言葉を聞き、頷いたアンドリュー。

 妻ブリジットを愛称で呼び、同意を求める。


「ほら、ビディ、奥ゆかしいだろ? お前に伝えている通り、シモン君は衛兵が来るのを確かめてから、名乗らず現場を去ったのだ。名誉も望まず、褒賞のほの字さえ口にせん。近頃の若者にしては本当に珍しい」

「ええ、アンディ。シモン君は、ホント欲がないのね。成る程成る程」


 ここでアンドリューは、ようやくアレクサンドラへ向き直る。


「よし! とりあえず乾杯しよう! サーシャ、頼めるかな?」


「はいっ! 喜んでっ! 全員ご起立して頂けますかっ!」


 アレクサンドラの呼びかけで全員が起立した。

 ラクルテル公爵家の面々は満面の笑みを浮かべている。

 アレクサンドラは澄まし顔。

 しかし、シモンは困惑気味、エステルに至っては複雑な表情で……


「乾杯っ!」


「「「「「「乾杯っ!」」」」」


 嵐の前の静けさだろうか……

 何とか……乾杯は行われたのであった。

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