第3話「ありえない! 超NG面接」

 シモンが入ったコルボー商会内の1階は、広いホールとなっていた。

 ホールの光景は冒険者ギルドのような雰囲気である。

 

 大きな掲示板にたくさんの張り紙。

 奥に長いカウンターがあり、カウンター越しに大勢の人間が忙しそうにやりとりをしていた。


 魔法使い特有の観察癖。

 シモンの商会への第一印象。

 

 大きな声が飛び交い、確かに活気はある。

 だが「このやろー!」とか「抜け駆けしやがって!」とか、

「騙しやがったなあ!」とか……しまいには「ぶっころしてやる! てめぇ!」などとどすの利いた怒声が飛び交い、殺伐さつばつとした雰囲気にも包まれている。


 この商会の社員が、上司、部下、同僚、後輩、お互いを見る目にはダークな殺気がこもっていた。

 

 それも冗談ぽい殺気ではない。

 相手を踏みつけ、思い切り蹴落としてやるといった『本気』の殺気であった。


 社内の雰囲気は…… あまり良くない。

 とシモンは少しがっかりした。


 しかし仕事は単なる遊びではない。

 生きて行く為の手段である。

 チームワークとは馴れ合いではない。

 無理やり、そう思い込む事にした。

 

 見回すと、『受付け』があった。

 シモンは就職活動本なるマニュアル本を買って読んでいたから、企業訪問の知識はあった。


 シモンは、受付けに近付いた。

 

 カウンターに囲まれた内側に女性がひとり居た。

 

 しかしシモンが目の前に立っても無視。

 顔を上げようとしない……


 仕方がない。

 シモンは自分から声をかける事にした。


「し、失礼します」


「何?」


 受付けの女性は顔を上げず、「ふん」と鼻を鳴らした。


 え?

 ここは「いらっしゃいませ。今日はどのようなご用件ですか?」と返されるのが、

 セオリーではないのだろうか?


 シモンの持つ商会の印象はますます悪くなる。

 しかしそんな事を考えている場合ではない。


「えっと……シ、シモン・アーシュと申します。じゅ、11時のお約束で、ブグロー営業部長にお、お時間を頂いておりますっ」


 シモンが噛みながらも、何とか用件を伝えた時、初めて女性は顔をあげた。

 ジト目でシモンを見る。


 改めてシモンが見やれば年齢は30代半ばを過ぎているだろう。

 大人の女という感じの結構な美人である。


「……あんた、面接?」


 渋い表情の女性は初対面のシモンに対し、ぞんざいな言い方をした。


「は、はい! そ、そうです」


 シモンが肯定すると……

 女性から衝撃的な言葉が発せられる。


「あのさ、あんたの為に言っとくけど……ウチはやめといた方が良いよ」


「は?」


 あんたの為に言っとく?

 ウチはやめといた方が良い?

 どういう意味だろうか?


 否、意味は分かる。

 面接を受けるのを中止しろと言うのだろう。

 つまり入社をするなと……

 しかし社員が初対面、その上、外部の人間に言うセリフではない。


 普通そんな事言うか?

 信じられない。

 

 シモンの心に悪い予感がますます広がって行く。


 女性はまたも鼻を鳴らす。

 眉間に深いしわが寄っていた。


「ふん! 一応、忠告はしたよ。営業部長の部屋はね……階段をふたつ上って、3階の突き当りだ」


「あ、ありがとうございます!」


「……………」


 シモンが礼を述べても、女性は返事をしない。

 無言でまた不機嫌そうに顔を伏せてしまったのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「がはははははは! 君がシモン・アーシュ君か! 私が営業部長のブグローだ!」


 シモンの面接会場、営業部長室……ノックをしたら入室を許された。

 入室したら、面接相手の部長はいた。


 自分の椅子に深く座り、大きな机に足を投げ出し、ふんぞり返るブグローは豪快に笑った。

 

 でっぷり太り、顔が脂ぎったブグローは「がはは」と下品に笑うガラの悪いオジという第一印象。

 

 このようなオジは、あまり得意ではない。

 以前親族に居て、折り合いが悪かったせいである。

 ハッキリ言って、そのオジから、シモンは何かにつけていじめられていた。


「は、はい、部長、宜しくお願い致します。まずはじ、自分の、し、志望動機からお話しすれば宜しいですか?」


 恐る恐る聞くシモンに対し、ブグローはあっさり言い切った。


「いや、不要だ」


「え? 不要?」


「そうだ! シモン君が面接の申し込みをして来てから、数日間、ウチの情報部が徹底的に調べた。出身地、本籍地は勿論、ご両親の状況等の家庭環境、住んでいる家、政治思想、信仰している宗教。性格、学業成績、経済状況、彼女の有無など全てだ」


「えええっ? 調べた!? そ、それって……」


 プライバシーの侵害では?

 つまり王国の個人情報保護法の法律違反では!? 

 

 という言葉を返そうとしたシモンを、

 ブグローは、手を大きく挙げてさえぎった。


「何言ってる。文句は言わさん。こちらも良い人材を取る為だ。いろいろ調べて何が悪い」


「は、はあ……」


 やっぱり親族のオジと同じだ。

 法律違反でも、理屈が正しくなくても強引に押し切ってしまう。

 やっぱり苦手だと、シモンは思う。


「シモン君が住んでいるのは、スラム街にある月に家賃銀貨5枚のボロ長屋か?」


「そ、そうですが」


「あんな掃きだめのような場所、人間の住むところじゃない。良く住めるな。がははははは」


 超・上から目線の失礼なオヤジだ……

 と思いつつ、シモンは無難に言葉を戻す。


「……はあ、確かにベストではありませんが、自分には分相応です。住めば都だと思い、王都に来てからず~っと住んでます」


「ははははは、あんなスラムがシモン君には分相応か! じゃあ野宿しても、全然平気だな!」


「は? どういう意味ですか?」


「いや、何でもない! お母さんは身体が弱いが、何とか生きているようだな?」


「は、はい」


「お父さんは若い愛人を作って、家庭を捨てた。ある日いきなりトンズラして、それきり行方知らずか」

 

 本来、普通の面接ではありえない質問が超NGな内容を、ブグローはガンガン連発し、聞いて来る。

 シモンは、嫌な予感がした。


「…………は、はあ……」


「ふっ、父親が居らずとも、子は育つか。シモン君は結婚を考えているどころか、付き合っている彼女も居ないな」


「はあ、自分は女子にもてませんから、というか苦手です、女子……」


 精神的ダメージを受ける質問をガンガンかまされ俯くシモン。

 

 そんなシモンを見て、ブグローは嫌らしく笑う。

 お前の事は全て知ってるんだという冷たい蛇のような眼差しである。


「ふふ、都合がいい。心配してくれる者は近くには居ないか。じゃあ余計なお節介はナシだな」


「な、何か?」


「いやいや、何でもない。単なる独り言だ。がはははははは」


 大笑いしたブグローは、更に、いきなりズバンと直球を投げ込んで来た。


「シモン君は金に困っているんだろう? 結構な借金を抱えてる」


「は!? え、ええっと……い、いえ、そんな……」


 何故?

 分かるんですか?

 と、シモンの顔には書いてあった。


 そんなシモンを見て、ブグローはニヤリとした後、高らかに笑う。


「がははははは! 隠さんでもいい! 病気がちな母親へ、毎月の仕送りは勿論、奨学金の返済もな! 魔法大学の学費を払ったら金がなくなり、居酒屋ビストロのバイト代ではおっつかない。やむなく借金して、生活費を工面したんだな」


「………………」


 シモンは大いに驚き、目を思い切り且つ大きく見開いた。

 ブグローのいう、自分の事は全て調べ上げられ、知られているというのは事実……

 間違いなかったのだ……

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