第2話「運命の就職相談」

 旧・地獄の森にて、若い男が奇跡的に覚醒かくせい

 行使した猛炎の攻撃魔法で、ゴブリンどもをあっさり退けた事象よりも、

 時間は少し……さかのぼる……


 ……先日までティーグル王立魔法大学4回生だったシモン・アーシュは、先日卒業したばかりの母校へ赴き、就職課しゅうしょくかの扉を叩こうとしていた。

 

 シモンは長身痩躯ちょうしんそうくで、王国では珍しい黒髪に黒い瞳の風貌。

 しかし顔立ちは地味。

 

 やや彫りが深いぐらいで、けして美男子ではない。

 いわゆる普通の男子。

 受ける雰囲気もおとなしく、やや暗い。


 母ひとり子ひとりの母子家庭、田舎から出て来た貧乏な苦学生ゆえ、

 自分で数か所『つぎ』をしたひどく粗末な普段着ブリオーを着ている。

 

 在学中のシモンは、仕送りなどいっさい無い。

 入学時の成績はきわめて平凡、補欠入学に近いレベルだったので特待生でもない。

 

 いろいろなバイトを経験した末、やっと長期で雇って貰える職場……

 王都の安居酒屋ビストロの厨房で皿洗いのアルバイトをしながら、地道に自分で学費を稼いでいた。


 このシモン・アーシュがいずれ、『世界でも最強レベルの賢者』と称される魔法使いになるのだが、それはまだまだ先の話である。

 

 現在のシモンはそこまでの術者ではない。

 

 学んだ大学の成績が少し優秀なレベルの単なる学生である。

 そして……

 いまだに就職が決まっていなかった。

 

 実は第一志望である公務員、魔法省の試験に見事に落ち、王国の国家公務員になれず、就職課へ相談にやって来たのである。


 軽くノックをすると、返事があり、入室が許可された。

 入ると人の好さそうな中年の男性職員が座っており、着席を勧められる。


「こんにちは、失礼します。シモン・アーシュと申します。先日卒業したばかりの者です」


「うむ、4回生だったシモン君というのか、今日は一体どうしたね?」


「はい、お忙しいところ恐縮です。実は、魔法省の国家公務員試験に落ちまして、行き先が決まっておりません。どこか良い就職先はないですか? 生活が苦しくて、すぐ就職したいんです」


 シモンが来訪の理由を告げると、職員は頷き、魔法の水晶玉に手をかざす。

 

 水晶玉には学生達の氏名が羅列され、更に職員が指を触れると、シモンのデータが表れた。

 大学は学生達の出身地や成績等を魔法で一括管理しているのだ。


「ええっと……改めて、シモン・アーシュ君だったね。属性は風なのか」


「はい。一応は『風』です……でも攻防魔法は低レベルのものしか使えません。ちなみに生活魔法は、風以外の3属性、火、水、地と全て使えますけど……」


「ふむ。だが、君の得手えては攻防の魔法ではないな」


「はい、そうなんです。付け加えれば、怖がりなので魔法バトルもあまり得意ではありません」


「ええっと……記録されたデータによれば、シモン君は先日、魔法鑑定士ランクBの試験にも合格しているね。学年首席ではないが、入学してから相当努力したのだな……」


「はあ、自分では頑張ったつもりです」


「いやいや謙遜するな。2年生になってから、卒業するまで君の成績は常に上位だった。とても優秀だ」


「恐れ入ります。ええ、何とか上位にはおりました」


「むう、しかし、残念だがシモン君は平民だ」


「は、はい……残念とは思いませんが、地味な平民です」


「気の毒に……王国の国家公務員試験は、成績よりもコネ。どうしても上級貴族の子弟優先だからなぁ」


「はあ……身分は変えられませんし、コネも全くなかったので、仕方ありません。やみくもに探し回るより、大学の紹介ならどこか良い就職口があるのではと思いまして、伺いました」


「うむ、シモン君の事情は良~く分かったよ」


「……そちらのデータにあるからご存じでしょうが、自分は魔法鑑定士の資格と、教職課程の単位を取り、教員免許も取得しております。第二志望も同じ公務員の教員でした」


「ふむ、成る程」


「というわけで、就職課の方にどこか条件が良い魔法教師の求人はありますか? 例えば男子校の王立ビータル魔法学院とか? 実は教育実習も行いましたから、ぜひに!」


「う~ん、ビータル魔法学院か……残念だったな。学校関係は私立も含め、全て募集枠がまったようだね」


「そ、そうですか……枠が埋まりましたか」


「ええっと……シモン君」


「は、はい」


「折角、魔法鑑定士のB級資格を取得しているのだから、どこかの会社で専属の魔法鑑定士を目指すというのはどうかな? 公務員じゃないと嫌かい?」


 ここで補足。

 魔法鑑定士とは……

 未鑑定のアイテムの真贋しんがん、そして価値を魔法と知識等で判断し、確定させる職業だ。

 優れた魔法技術、数多のアイテムに対する深い造詣ぞうけいがないと取得不可能な『国家資格』だといえよう。

 この世界では、とても需要がある職業でもある。

 それゆえシモンも大学で選択し、資格を取得したのである。


「い、いえ! 嫌じゃありません。専属ですよね?」


「ああ、専属だ。採用されたら、就職先の仕事しかしない」


「おお! 専属って素敵な響きですよね! 安定してそうじゃないですか。それに給金さえ良ければ多少きつくてもOKです。故郷の母が病気がちで仕送りしなくちゃいけないし、借りた奨学金も返さなきゃいけないんです」


「おお、いろいろと大変だな。シモン君は給金が良い職場が第一希望かね? そうだな……今、魔法鑑定士の募集が一件あるけど……だいぶきつそうだよ。一応面接を受けてみるかい?」


「はい、ぜひ受けます! きつくても全然OKです! 身体強化の魔法も習得していますから、相当無理もききます」


 溺れる者はわらをもつかむという。

 働き口を探していたシモンは自分をアピールする為に、つい口が滑ってしまった。


 「きつくても」全然OK。

 相当「無理も」ききます。


 相手へ好印象を与える為、就職活動では当たり前に出る言葉。

 だが、これらの言葉が墓穴を掘り、シモンの運命を天国と地獄に分けた。

 自分で仕事内容を確認しなかったのも、後から考えれば大失敗であった。

 

 結局、その場で魔法大学の職員から、すぐに連絡が行き……

 3日後の午前11時……シモンは面接を受ける事となった。

 先方も大学側へ、シモンの成績を問い合わせたらしく、ぜひ会いたいという事であった。


 約束通り、3日後の午前10時30分前、約束の時間より少し早めに、シモンは面接に出向いた。


 職員から面接先の名前は聞いていた。

 商業街区にある、大きな建物に『コルボ―商会』というやたら目立つ看板が掲げられていた。

 この商会が、とんでもなく超ダークサイドな会社だと、この時点でシモンに知るよしはなかった。


「よし、ここだ」


 大きく頷いたシモンは建物の中へ足を踏み入れたのである。

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