一条光輝の驚嘆Ⅱ
「やっぱりうまくなってるな、光輝!」
「お前もブランクはどうしたんだよ!そんなドリブルできたのかよ!?」
「あぁなんだか今ならできる気がしたんだよ。行くぞ、光輝!」
「全力で来い!」
心が昂っている。
今ならきっと自分の思い描くことが全てうまくいくという確信がどこからともなく湧いてくるのだ。
チームのキャプテンでもない俺が、このチームを指揮してあいつに一泡ふかしてやりたいと思うほどに……!
「な、なんだよコレ……!本当にアマチュアかよ……!」
「マジでミスがねぇ……!てか、走りすぎ……」
「誰が俺らより弱いって……!?こんなん、実力差ありすぎだって……!」
「相手チームもこんな強いとこだったか……?なんでこんな途端にパスワークが上手くなった!?」
どうやら相手チームはまだ困惑の色が強いらしい。
こぼす言葉からも良く伺える。
しかしよくこんな急造のチームが、とはいっても雫一人が加わっただけだが、こんな連携が取れるとは思えなかった。
何せこのゲームメイクはもう、まるっきりユースで取られる戦術のあり方じゃない。
どちらかと言えば泥臭くフィールドをかけることでみんなを魅了してしまうような高校サッカーのあり方だ。
故にユースのプライド的にも嫌う部類のはず。
それなのに雫はそれをあたかも当然のごとくユースの人たちをその戦術に組み込んでいる。
いくらユースによる個人の技量があったところで、それをたった数分で形にするなんて……。
そんなの敵味方全ての位置把握を常にしない限りできるような芸当じゃあない。
いや、雫ならやってのけてしまうのか、それすら。
面白い……!!
俺はきっと初めて雫を見た時から羨ましくて妬ましくてそれでもその才能に憧れた。
そしてその過程で償いきれないような罪を雫に対して俺らはおかした。
もしも。もしも俺らが、いや俺がもっとこの気持ちを雫の気持ちを理解できたのなら変わっていたのかな。
ずっとお前からのパスが辛かった。
でも今はそのパスを敵として遮っている。
ずっとお前のその姿勢が妬ましかった。
でも今はその姿勢すら気高く美しく感じられる。
ずっとお前のサッカーに憧れていた。
昔も今も。
俺は全ての過程を間違えて、誰もが幸せになれない道を選んでしまった。
誰も幸せになれた人なんていなかった。
でもきっとその過程の先に見ようとしていた景色はこんなものだったんじゃないか?
汗の滲む視界と互いの額に湧く汗。
目には輝きを宿してまるでサッカーが楽しくてたまらない子供のような笑顔をする雫がいて。
そんな雫が俺を対等として敵にいる。
そういう景色をずっと夢見ていたんだ。
だから、今日で終わりなんだとしても。
今だけの夢を俺に見せてくれてありがとう。
俺の全身全霊を持って必ず勝つ!
後半四十分。
そろそろ終わりが近づこうとする頃。
一対一の同点のままもつれ込む最終局面。
互いに一進一退の攻防を一度のミスも許されない環境の中こなしている。
俺らの大学チームは守備を要とし、トップのフォワードを一人残して全てを中盤に配置し、相手の得意のパスワークを封じる。
そんな守備を掻い潜ろうと相手のユースチームは、時に大きく前に蹴り出し守備の裏に走り込んだり、時にどんなに小さなスペースにも入り込んで巧みにパスを繋げていた。
しかしそのことごとくを大地、ゴリラ先輩を主軸にする守備陣に打ち破られていた。
それもひとえにユースの柔軟性の低さゆえに、思考が凝り固まっている証拠でもあった。
現に雫の触れたボールは必ずシュートチャンスに持ち込めるほど俺らの守備陣を警戒させるのだから、完全にユースの柔軟性が足りていないことを物語っていた。
しかしそのユースの人らも目は血走り、自分のプライドと意地でどうしても勝ってやるという勢いを感じさせるのだ。
きっと公式戦すらここまで走ってこなかっただろうことが容易に想像できるほどみんな表情は険しい。
それは俺らも同じことだが。
しかし、それより目立つのはやはり雫である。
何より運動量が明らかにこの場にいる誰よりも多い。
攻撃から守備まで、全てに自分を起点に置くことで自分のしたい展開に持っていっているのだ。
そのために自陣から敵陣全てのエリアでのポジションが現在雫の行動範囲になっているのである。
それも前後半合わせて九十分もの間ずっと。
おかしいだろ……。
なんでそんな息を乱して尋常でない量の汗をかきながらも、未だにそんなに走れる?
残りはたったの五分。
いやもうそんなには残っていないだろう。
もしかしたらこのプレーが最後のワンプレーになるだろうか。
今俺の足元に残っているこのボールを相手のゴールに押し込めれば勝ちだ。
きっと相手のチームに意志共有する時間が少しでもあったならたちまち俺らは負けてただろう。
あの雫が入ったチームにここまで善戦出来ているのは、まだ相手チームの協調性が取れていないから。ユースの自尊心がまだ、雫のプレースタイルを邪魔しているんだ。
だってもし今のユースのチームのみだったら、こんな練習試合でここまでの試合をすることもなかったのだ。
ほんとうによかった。
だから、勝つ。
「大地来い!」
このまま同じやり方をしていたところで勝ちなんか見えてこない。
なら、そんな定石すら覆さなきゃ雫なんかと相手はできないよなぁ。
俺の意志をきっと感じ取ってくれたんだろう大地は、ディフェンスのポジションからたちまち駆け上がる。
その大地に対してパスを送る俺。
その一瞬でアイコンタクトをとった。
きっとそれでわかってくれるはずだ。
なにせずっと俺らはずっと同じ場所で練習してきたんだから。
もともと大地のフィジカルはディフェンス向きだ。
でもそれが決してオフェンスができないこととは道義じゃない。
そのフィジカルは時に相手のディフェンスへの圧力になりえるのだから。
だからこういうことだってできてしまうんだ。
「光輝!」
パスを受けた大地が危険極まりないって絶対に思うだろうから。
そのフィジカルで正面から相手するのは危険すぎるからな。
だから大地という存在をフェイントに使える。
その声とともに俺へとボールを戻す。
そしてさらに俺は大地と並行してワンツーの要領で敵陣を駆け抜ける。
「そ…で二人……!」
雫がなにか指示を出している声は聞こえるがその言葉は途切れ途切れ。
なんだか今なら行ける。
これまでの疲労感も、足の疲労も今この時だけは軽く感じられた。
このままなら勝てる!と。
しかし、いつの間にか立ちはだかるは相手のディフェンス陣、そして雫だ。
俺ら二人のオーバーラップにほかのフォワードはついてこれていなかった。
パスを出す先が限られている。
一度戻すか?
いや、このまま戻したら態勢が一気に相手側に傾く。
相手に攻撃の隙を与えてしまいかねない。
なら。
相手は幸いディフェンスの二人と雫一人。
抜ける!
「っ!?」
そう思う矢先、雫がボールを保持している俺のほうへとかけてきた。
尋常じゃないスピードだ。
だが、そのスピードじゃ減速するにも一苦労だろう。
俺が大地へのパスをすると読んでのパスカットが目的か?
それとも俺の足元のボールを直接取りに来ている?
……あぁいいぜ。乗ってやる。
俺はただ雫の走ってくる方向に対して正面に構える。
この対面での選択肢なんて限られている。
しかし、それでも最後だけは俺の力で……!
足元のボールを左右に揺らし、たった一回切り返し、そのままスピードに乗る。
その間、雫は俺とは反対側をかけていた。
よし!抜いた!
やはりあのスピードのまま切り返しには対応できなかったんだ。
雫側にぎりぎりまでボールを残した甲斐があった。
よし、雫を抜けば後は大地とワンツーの要領でパスを交わせばいけ……。
ふと隣を一緒にかけているはずの大地の姿が視界から消えた。
いや違う。相手のディフェンスが被っている。
ならそのままゴールに……。
目の前には俺の切り返しを読んだかのように、ボールが一瞬俺の足元から離れるのを察知したかのように待ち構えるディフェンスの姿がひどく無残にも映し出される。
だめだ、間に合わない!
ボールがほんの数センチ俺の足元から離れているだけ。
本来なら足をひょいと伸ばせば届く距離。
しかし、重心が、体重の乗っている足が今俺が伸ばそうとしているほうの足だった。
それが意味することは、無理に足を伸ばそうとすれば倒れること。
そして足を伸ばすのを少しでも遅らせれば相手にボールがとられるだろうこと。
う、そだろ……!?
一瞬のその思考を過去に置き去りにするようにボールが後ろに進む。
くしくもそのボールが進む先にはずっと前に駆け上がっていた雫がいた。
……そうか。
雫は俺からボールを奪うために走り出したんじゃない。
俺の選択肢をドリブルのみに絞るためにわざわざ俺と大地の間をかけていったんだ。
雫自身が走りこむことで俺が大地にパスするという選択をとらせず、そしてドリブルで交わす先にはあらかじめそのドリブルを見越して準備している守備を配置する。
そしてさらに自分が抜かれたから足を止めるんじゃなく、そこからのカウンターにつなげるために走り続けていた、ってことか。
なんだ、それ。
普通は何年も練習を重ねたうえで仲間との協調を信じたうえでやるような戦略だろ、それは。
もし俺が雫を抜いてさらにディフェンスさえも抜いてたなら、その走りすら無駄になるんだぞ?
それにあの自尊心の高いユースをなんでそうも支配できるんだ。
協調性を育んできた仲でもない、ただの初対面だったはずなのに。
それを信じられたっていうのか?
とんだ天才だよお前。
自分の個人技だけじゃない、盤上をコントロールさえしてしまえるんだから。
そうだ、ユースのディフェンスを信じたから走り続けていたんじゃない。
俺がボールを足元から離すようにドリブルを仕向けたんだ。
俺すらも雫にコントロールされていたんだ。
だからああもまっすぐに走り続けられる。
あぁつえぇな……背中がでけぇよ。
ゴールが決まったホイッスルが鳴る。
そして試合終了のホイッスルもまた、その直後に鳴り響いた。
それと同時に静寂がフィールドに立ち込め、静かに荒げた息だけがその空間に残された。
誰もがこんな光景を見て思ったはずだ。
一人だけ次元が違うことを。
ゴールの手前でたたずむあの男だけ、別格であろうことを。
しかし、その静寂を破ったのは皮肉にもその男が地に倒れこんだからだった。
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