偽らざる思いⅡ
これまで光輝のその爽やかさに包んできていた姿の裏には、狂犬のように獰猛な瞳が隠されているのだと思っていた。
中学の頃も当たり障りのないような立ち回りをしていたし、俺らのあの最後の日からずっとそうだと思い続けていた。
俺を見る目がそれを物語ってもいた。
その瞳がこの間の再開の時に俺に思い出させたんだと思う。
もう俺からしたら全て終わったことで、もう関わることすらないと思っていたのだから仕方もなかった。
でもなぜだろうか。
今の彼にはどこかそんなわだかまりすら乗り越えたような存在感を感じる。
さっきまで睨んでいた目元もどこか鋭さが抜けていた。
憧れ、か。
今までの俺への態度全てがその憧れゆえだと信じればいいんだろうか。
いや、俺はあの時も本当は知っていたはずなんだ。
俺はずっと見ないふりをして、ずっと蓋をして、ずっとその事実から目を離してきたんだ。
だってこうなる前にすでに一度経験していたのだから。
人の嫉妬によって人は簡単に潰れてしまうということを。
あの頃にはすでに。
その対象が俺で、もしかしたら他に原因があったのかもしれないが、そこまで的外れでもないくらいには俺への嫉妬心は芽生えていたはず。
あの時のチームメイトの表情はそういうものだった。
でも俺は知らないふりをして、そんなことないって思い続けていたかった。
人はそんなに醜くないって。
そう判断しようとする俺すら、醜いと思ってしまったのだから。
簡単に言えばただ信じていたかった。
それだけだった。
「俺には雫に言わなきゃいけないことが沢山ある。でも俺もようやくわかりそうな気がするんだ。だから、頼む」
ピッチのど真ん中、光輝は足元にボールを転がして言う。
「あぁ」
あぁダメだ。
なぜかうまく笑えない。
今になって取り繕う必要なんてないかもしれない。
けど何故かその必要性なんてどうでもいいように、今この状況で俺は取り繕いたくないって思っている。
なぜか、ボールを見て気持ちが高揚しようとしている。
この間の大地、光輝とプレーした時は全くの無心だった。
でもなんでこんなにも……。
「おい、光輝!お前はよ来いや!円陣組もうぜ!」
「練習試合でもっすか……?」
「あたぼうよ!練習でもなんでも俺らは全身全霊で挑むんだからなぁ!」
「……はい。ってなわけだ。雫、今日はよろしく」
その返事を送る前に光輝はかけて行った。
そういえばまだ一年。
向かうのチームの中では最年少か。
…………そうか、ただ単純なことだ。
俺はあの頃を想起しているんだ。
あの相手方のチームを見て。
ああして笑い合って互いに認め合って、多分互いに尊重しあって。
俺の中での色付いた最後の景色そのものだ。
俺が俺でいられた最後の景色があのチームと重なってしまうんだ。
光輝と大地と後輩に囲まれて練習の日々を過ごしたあの中学三年の数ヶ月の日々を、あのチームに。
俺はその円陣を遠くから見ている。
物理的な距離はほんの十数メートル。
だけど、まるで遥か彼方を見ているような感覚だった。
俺はどうあるべき。
いや、きっとこの言い方は違うか。
俺はどうありたい?
「なぁ、あれ一条先輩だよな……。なんか雰囲気違くね?」
「あんな人だったっけ」
「いや、もっと自分にも他人にも厳しいような人だったし先輩にもあんな態度取るような人じゃなかったのに」
「所詮大学を選んだ人だもんな。プロ諦めたってことでしょ」
俺の後ろで大雑把にポジションに付いているユースの子達の会話。
ユースとは主に高校生の年代の子達がプロになるために設けられた育成機関、とでも言うのが正しいだろうか。
サッカー選手になるのに、一番の近道とも言われている場所でもある。
そうか、あいつはユースに入っていたのか……。
ユースはプロになるための育成機関と謳っているため、その名実通りその入り口はとてつもなく小さい。
「なんでも、この人と相手したいからって言う私怨で練習試合くんだって聞いたぜ?」
「俺ら舐められてんの?しかも監督も二つ返事で承諾ときた」
「こんなんじゃ勝てるもんも勝てねぇよ」
たしかに、俺も最近はまともにプレーすらしてない。
あの日以来だと考えれば約四年間プレーしてないと言っても過言じゃなかった。
でも、どうもこの感情の昂りを収めるにはちゃんとプレーしないといけないらしい。
だって今にもボールを蹴りたいと俺が思ってしまっているから。
「俺は片桐雫。ポジションは聞いている通りトップ下、もしくはボランチだ。パスワークの起点でも最後のゴール前でのキッカーとしてでもいい。俺も一緒にやらせてくれ」
幸い俺はこのチームの一番前に立っている。
後ろを振り向けば全員を見渡せる。
「俺は多分君らより弱い。でも、絶対に役に立ってみせる。だから俺も一緒にプレーさせてほしいっ!」
俺は思い切って頭を下げる。
きっとこうでもしないと本当に俺の伝えたいとしていることは伝わらなかっただろうから。
だから俺はなんの躊躇もなく頭を下げられる。
どうだろうか、年上の人が頭を下げている状態に唖然としているだろうか。
それとも嘲笑してる?
でもほんの少しでも意図が伝わってくれたなら、可能性は紡ぐ。
「いいですよ、あっ、俺はこのチームのキャプテンの田村です。改めてよろしくお願いします。……ほら、みんな一応は年上の方だ。挨拶はしておけ!」
一応、か。
その言葉で仕方なくと言うように挨拶される。
まぁいきなりきたやつにこの一試合だけよろしく、と言われるのだ。
それも自分らはユース。
サッカーをしている者にとって同世代で頂点に近しい実力を持っている。
こんな俺みたいなやつは明らかに邪魔にしかならないのだ。
……だが、なんとなく読めてきたかもしれない。
このおかしな現状。
ベンチで腕を組んで何も言わない監督も。
チームの雰囲気が全く違う大学チームとの練習試合を行う理由も。
そこになぜか俺がいると言う状態も。
でも、そんなことより、今はサッカーをしたかった。
「やってやる」
俺を舐めてかかってるのは仕方ない。
でもその認識を覆すように動いてみせるさ。
その時俺は、冷徹なものの中の何かが燃え始めたのを感じていた。
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