激動の一日Ⅱ
それからまた数日が経ち、いよいよデビュー一週間前となる四月十四日の金曜日となった。
基本デビューの一週間前からライバーは自分のSNSアカウントを作り、一週間後に向けて準備と並行して活動を始めることとなっている。
特に、この一週間で人の目につくことができれば、初配信にもそれなりの人が集まるし、出だしに拍車をかけることができる。
注意するべきことと言ったら、この一週間は基本何をしてもいいが、声の乗った動画は載せないようにすることが条件にあったりすることだ。
なんでも一週間前から全てを見せてしまっては初配信が味気ないものにもなりかねない。
よってビジュアルの公開だけを今日この日に行うというわけである。
基本時間になって公式からキービジュアルのイラストと、3Dモデルの発表がされ、それに付随する形で俺のツイッターアカウントが紹介される流れだ。
ちなみにここ一週間、初配信の準備はもちろんだが他のバイト関連についても調整が必要だった。
今月分はすでにシフトが決まっているため、普段通り昼あたりから夕方、もしくは夜にかけてのシフトを入れてあるのだが、来週の初配信の日に限ってはすでに時間が決まっているため休む連絡を入れてある。
また今後活動していくとなると、柚月さんに「はじめは負担がかかるものだから」とバイトのシフトは少なめにしておくように言われた。
まだ入って二ヶ月と経ったくらいであるため、ようやく現場にも慣れてきたというところでシフトが減ってしまうのは少し残念だが、このままどちらともなあなあになるくらいならメリハリはつけておいたほうがいいのだろう。
ちなみにUEの方は最近は滅法減っている。
毎週木曜にMeiという女の子に配達を依頼されている時以外には依頼をしていない。
週一回となると特にしなくても良いものになりつつあるため、今後はまとまった時間ができない限り、依頼は受けないだろう。
「良いかい?紫音は公式がツイートをしたら、そのあと自己紹介のツイートと、自分のイラストビジュアルの写真を載せるように。紫音のキャラは相談した通り、紫音自身ってことで」
「それじゃあわけわかんなくなってますよ」
「もう、君が紛らわしくしてるんだからな!?ほとんどどんなキャラでも成り立っちゃうんだもん。君そのもののキャラ立ちが過ぎるんだよ。なんだい君は二次元の存在かい!?」
「どうどう。わかりましたから。どうせ今回は文章だけでしょう?そんなキャラなんて掴めなくないですか?」
「そんなことない!最初の文言でファンたちにとってどういう人なのかを印象付けるんだから、どっちに転がっても最初の文言は大切なの!」
彼女はここまで早口で捲し立てるとその後に自分の推しについて永遠と語ってみせた。彼女はいわゆる重度のオタクでもあるらしく、うちのライバーを特に推しているらしい。
まぁそのおかげで俺も一体バーチャルライバーがどう言ったものなのかをしっかり認識することができたので良かったとしよう。
いわゆるバーチャルライバーとは、元はユーチューブのプラットホーム上でバーチャルのキャラクターが活動し始め、それがバーチャルユーチューバーと呼ばれるようになったことが始まりと言われている。
その最初期の人はすでに三年も前から活動していたが、去年その波が大衆に乗り、多くのバーチャルユーチューバーが生まれることとなった。
それは実質イラストが動く程度の人から3Dの体を持ちVRならではのことをしたり千差万別のバーチャルユーチューバーが生まれていった。
そしてそこに目をつけた企業が、そのバーチャルの要素とプラットフォームのライブ機能の要素を組み合わせたバーチャルライバーを生み出したことが語源らしい。
実にその三年前から存在していたそのバーチャルユーチューバーに彼女は恋焦がれたらしく、その時期からずっとこの文化にハマり、ようやく去年日の目を浴びて大そう嬉しかったらしい。
「ところで送る文言はこれで大丈夫ですか?」
彼女の話を無理やりに遮って会話を進める。
ちなみに現在は主にPCで使われるディスコードを使った通話を用いて会話しているため、俺は自宅にいる現状だ。
「むぅ、別に良いけどさ。どれどれ、この送ってくれたやつかい?」
不貞腐れたように彼女は言った。
そこまで語り足りなかったのだろうか。
「はい、それです」
そういうと彼女は押し黙ってしまった。
面と向かって話しているわけではないからこの沈黙が一体なんの沈黙なのかもわかりはしない。
もしかしたらこの瞬間にディスコードが落ちてしまっている可能性もある。
「君、普段敬語で喋ってる?」
「普段……とは?」
「あぁいや、友達とか、年の近い人たちとどんな距離感で喋ってるかってこと」
「いえ、普通に敬語ではないですけど」
「まぁ最初はみんな敬語が多いから良いんだけど、これは流石に硬すぎない!?何『どうぞこれからもよろしくお願いいたします』って?営業?営業してんの、これ!?」
なるほどこれでは硬すぎたか。
「いや、初めてだしなんか敬意を払っておいた方がいいかな、と」
「それ以前の問題だよ!これじゃあ余計に距離感じるよ!?せっかく距離が近いって言うフランクなものなのに、距離がどんどん遠ざかってくよ!」
「では、よろしくお願いいたします、でどうです?」
「何がどうです?だよ。別に敬語でも良いけどこう言う最後の締めには、気軽によろしくって書くだけでも印象が柔らかくなるの!さらに絵文字もあれば完璧」
「あ、それは勘弁で」
「……ならせめて最後は気軽な感じがいいと思うよ」
少し疲れ気味な声で言われた。
「わかりました。つまりはギャップということですね。わかりますわかります」
「うん、そういうこと」
そう言い切ると彼女はそろそろ切るよ、といって特に確認事項も終えていたため会話を終了させた。
時刻が近づき、ツイートの準備をすると同時に、外行きの準備をする。
ちなみに今日は公式がツイートする時刻がバイトのシフトの時間と被っているため、なくなく通信料を使って外でツイートしなければならない。
柚月さんにはいうのを忘れていたがまぁ、問題ないだろう。
外に出る時間なため、俺はスマホを片手に自転車に跨り、バイトの飲食店に向かう。
――――――
今日は夕方からシフトを入れていることもあり、学校帰りの学生がなにぶん多い。
飲食店のある場所も学校が立ち並ぶ近くの通りにポツンと広く構えられていることもあり、平日には全席埋まることもザラだ。
そして金曜はホールの人数が足りないことも多く、こういう日は初めからホールでの接客をすることになっている。ただ今日は着替え終えたらツイートするくらいの時間調整なので、時間になって忘れないように注意しなければ。
――もし忘れでもしたら柚月さんになんと言われるか。
そうして俺は今日が家を出るまで雨なのに気づかなかったため、仕方なく雨の中自転車で向かった。
どうせ着替えることとなるのだから、帰りまでに乾くことを祈って。
そして、店の裏側に自前のシートで自電車を覆い隠し、従業員用の扉から店内に入り込んだところ、大きな音がホールの方から聞こえてきた。
「テメェ、このガキ!この服一体いくらするの思ってんだ!それをこんなに汚してくれやがって」
「す、すみません……」
「おい、それだけかよ!こちとらこの服に金かけてんだよ!」
「も、申し訳、ありません。わ、私では……対処しかねますので……」
「あ?おいおい、テメェが汚してくれやがった割に謝ってそれで終わりか?そんなわけねぇだろ!弁償しろや、テメェが」
ホール窓際の入り口から三テーブルは離れた四人席の一角に一人で座っていた男が、女子高生らしい従業員に怒鳴りつけているのが見えた。
それにあの服装。
どこかのヤクザか見紛うほどの華美な上着に、側頭部の髪は雑に刈り上げられている。あの子からしたら十分恐怖に感じるに違いない。
それに彼女、先月あたりの春休みからバイトに入ってきた一番の新人で、まだ経験に浅い。
シフトもそこまで多くないし、多分今日を含めてまだ十回もシフトに入ってはいないだろう。
するとそんな彼女をフォローするように先輩が向かおうとしていた。
「ちょっと待ってください、先輩」
「雫くんっ、止めないでくれ。あんなやつ放ってなんておけない」
怒気を孕んだ声で、それでも周りには伝わらないくらいの剣幕で言ってくる。
「その前に状況を整理した上で行くのが最善でしょう?一体何がありました?」
彼女は一瞬考えるそぶりを見せると、噛み殺したような声で言葉を繋げた。
「あの子が今怒鳴ってるあの男の後ろにいる高校生の集団にデザートを運んでた時だよ。その時に彼女が転んでしまって、パフェ二つくらいがあの男に飛んで服に付着した。ただ、私は確信している。彼女は冤罪だ。多分だがあの男に転ばされた」
「なぜそう?」
「彼女の性格は短い期間だが見ていた。基本自分に非がある時は正直に謝るし間違ってたことを認めることができる大人しい子だ。ただ、前髪に隠してはいるが、彼女は自分が悪かったわけではないとその目と握る拳で表してる。確かに大人しい子だが、人一倍正義感が強いんだろうね。奴に恐怖はしているが屈してはいない」
「なるほど」
そうと分かれば、ただの冤罪だ。
あの男のマッチポンプでもあると確信していいだろう。
「先輩はここにいてください」
「ま、待て雫君。私も……」
「いえ、先輩が行くまでもありません」
俺があの男のテーブルに近づくと、そのテーブルの下、もしくは椅子の下の溝と言える場所に隠すようにして傘が置かれていた。そして近づいて見てわかったが、彼女の右足の白い靴下に小さいながら円形の汚れが付いていた。
痺れを切らしたのか、この男は左足で大きく貧乏揺すりをしてどんどん怒気が強まっているように見える。
むしる髪が何本か抜け肩口にたまり、ストレスに思えるその白髪が乱雑に生えている。
近づいてみればより一層あれた肌が目に余る。
きっとここ数日の間風呂にも入っていないことが推測される。
「なんだよ。払えねぇってのか?じゃあテメェが責任者呼んでこいや、クソっ」
「どうかいたしましたか?お客様」
俺は雨に濡れた髪を後ろに垂らして、オールバック気味の髪型にして男の前に立つ。
こうすれば目つきの凄みが強調され、なかなかに貫禄のある見た目になると言われたことがあるゆえだ。
「あ?テメェが店長か?オメェんとこの従業員が俺の大切な服を汚しちまってよ、弁償しろってのにただ謝ってばっかだ。テメェが代わりに払ってくれるんだよなぁ?」
俺は心の中で店長ではないが、と一言唱えた後、言葉にした。
基本飲食店にはこういった輩に対するマニュアルが存在する。
そのためそれに沿った言葉で一度は説得することが推奨されている。
「なるほどそれは申し訳ありませんでした。お客様の大変貴重なお召し物をこちらの不手際で汚してしまったのなら、こちらでクリーニング代を支払わせていただきます。お召し物は一旦こちらで……」
「何言ってやがんだよ!んなこといいんだ。早く弁償しろって言ってんだ!」
強い剣幕でことばにするものだから後ろに隠れている女の子が余計怯えてしまった。
「なるほど。あなたは金銭を支払えばそれで解決すると」
「初めからそう言ってんだろうが!」
「さぞや、上司に絞られたのでしょうね」
「あ?何言ってやがる」
「いえいえあなたの借金のことですよ」
今度は男の側で小さく音にすると、今度はビクッと飛び跳ねるようにして男は肩を揺らした。
同時に目の焦点が合わなくなり、激しく動かしていた貧乏揺すりをピタッと止める。
基本こういった輩はもともとそういう気質の人間か、ストレスなどで心に余裕がなかった時にしてしまう場合のことがほとんどだ。
この男の場合、前者である可能性は限りなく少ないだろう。となればこの外見的にここ数日間での極度なストレス状態が続いてしまったせいで単純に思考を麻痺させてしまっている状態に近いといえる。
そうともなれば少しでも自分の身に起きたことに掠ったことを言ってしまえば途端に思考が狭まる。
別にこの文言が当てはまらなかったのだとしてもまだやりようはあったが。
「どうです?外に行ってお話ししませんか?」
「い、あや、なんで……」
「ちなみにあそこ、カメラがあるんですよ。やるならもっと巧妙に、ね?」
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