激動の一日


 あれから数日が経っていた。

 数日も経てばあの日のことなど既に過去のこととなっているように、周りの声も徐々に収まりつつあった。

 そして今回の一件で一番刺激を受けたのは間違いなく伊達プロデューサーだった。

 俺の当番を急だが抜擢し、ここまで成功させて見せたのは一重に彼の手腕ともいえたからだろう。


 また後日ライブの編集版をアップロードした時には、絢辻カレンさんがまたも引用リツイートしてくれたおかげでほかに類を見ない再生数になっていた。

 また、七々扇紫音の告知の切り抜きも編集されてアップロードされており、そちらの再生数も凄いことになっている。

 そういった再生数は伸び続けているものの、その熱はコミュニティー内で残り、周りの興味は次第に移り変わっていった。


 ちなみに今回の放送によってあらゆる著名人が認知するきっかけにもなったらしく、後日絢辻カレンさんがツイートしたことはもちろん、有名ブロガーに記事にされていたこともあった。

 どうも俺にはそっちの文化に慣れ親しんでいなかったため、猛威勉強中である。



 そしてこの数日、まずしたことといえば買い物だった。

 俺のマネージャーとなった柚月さんだが、初日の件は自分の管理不足だと言って妙に張り切りを見せ、その翌日から配信環境を整えよう、と張り切った様子を見せていた。

 そして俺の現状を見せると、一気にその気を冷やして俺にその冷徹な目を向けていたのを覚えている。


 そこからは柚月さんの勧めでコスパの良いパソコンやらマイクやら機材を教えてもらい、環境も整えたいこともあってそれらの買い物を済ませてきたわけである。

 予め貯金を聞かれた上だったということもあり、特に負荷のない買い物だった。

 ただ彼女は「まだあれもこれも買ったほうがいいのに……。ま、今後次第だな」と悪魔の微笑みを浮かべていたところを見るとまだまだ買わせるつもりではあったらしい。


 それからは配信する上で注意することだとか、配信するための機材の使い方やアプリの使い方など、懇切丁寧に教えられた。

 その際に、これで認識してモデルを動かす、と言われてスマホを渡された時には、晴れてスマホの三台持ちとなった、といっても一つは型落ちのものだが。


 また自宅で配信するときは、スタジオのような細かなモーショントラッキングはできないため、顔の表情の違いや大袈裟な動きをカメラで感知してモデルを動かしているらしい。


「ちょっと聞いてる?おーいシオーン」


「はいはい、聞いてますよ。紫音の前世は実はロックなシンガーだって話ですよね?」


「ぜんっぜん聞いてないじゃないか!紫音のキャラについて話し合おうって話だよ!」


「そうでしたっけ?」


「そうだよ!?本気で言ってないよね!?」


「もちろん十割冗談の心持ちですよ」


「それならいいけど。いや別に良くないんだけどね?まぁ、いいや」


 一つため息をつくように見せる彼女。

 ここ数日結構な頻度で連絡を取り合っている身ではあるが、最近わかってきたのはどちらかというとツッコミ上手ということだ。


 自由奔放といった部分では先輩とよく似通っているのだが、その他全ては先輩の姉である要素が全く見えてこない。

 先輩はどちらかというとボケたがりなもので、よく振り回される。


 そんな彼女に以前聞き忘れていた、なぜマネージャーに希望したのかという疑問がふと思い出された。


「そういえば初日にききわすれてたんですけど」


「ん?なんだい?言っておくけど僕のスリーサイズは」


「なんでマネージャーに希望したのかな……?と」


「むむむ。なんでかって?せっかく僕が話しやすいように適度なジョークを入れているのに」


「それ前も聞きましたからね?しかもめんどくさいタイプの」


「めんどくさいとはなんだ!これでも気にして……」


「それでなんでです?」


 俺は彼女の言葉を食い気味に捲し立てると、彼女は頬を膨らませて真っ赤に頬を染めていた。そして彼女はまったく、と言って話始めた。


「簡単な話だよ。僕が木下水月の姉だって言ったろう?……そこ!怪訝な顔をやめろ!……で、僕も一応社会人だと言っても家族恋しくなるときだってあるのさ。だから時々水月の家に遊びに行ってるってわけ」


 俺はなかなか顔に出ないと評判なのだが、これも姉妹の力というわけだろうか。彼女はそんな心情を悟ってか、むすっとした顔をする。


「それで癒されに家に行ってみたらどうだい。一日あって惚けた顔をしていると思ったら、話に出すのはバイト仲間だという片桐とかいう男の話ばかりだ。水月はあんなに綺麗で可憐なんだ。きっと悪い虫がついたんだって僕は思ったのさ」


 ――先輩……俺以外に友達、いないんだろうか。

 俺にシフトの件を言っている割に彼女も結構シフトに顔をのぞかせていたのを思い出す。


「それで先輩の言うやつと同姓同名の男が現れたから柚月さんが見極めてやろう……と?」


「そう言うわけさ。君がどうしようもない奴だってわかったら速攻で縁を切ってもらうためにね!」


「こ、怖いですね。そんなに俺どうしょうもないやつに聞こえました?」


「いんや。とっても男前で綺麗な髪をしててスタイルが良くて、いい声してて俳優顔負けで」


「そんな外見ばっかだったんですか」


「でもそんなことよりも彼は紳士で優しくて、気配りができるいい男だって」


 少しショックを受けそうになったのだが、下げて上げるという高等テクのせいで思考が置いてかれてしまった。


「先輩、そんなことを?」


「あぁ言ってたさ。人一倍人を見ることに長けた水月がね」


「なら彼女を信頼してあげても」


「だからだよ。そんな水月が、そう評価する人間なんているはずがないって思ってるんだ、僕は。人間なんて欲の塊さ。水月はその表面だけじゃなく裏まで見えるから人をちゃんと見ることができるんだろうね。でもだから水月は騙されることなんてなかった。どんなに言葉巧みに誘っても彼女にはその裏まで見えるんだからね。でもそれでも水月が見ることができない人間だっているはずさ。人間完璧じゃない」


 きっと柚月さんは心底先輩の姉なのだ。簡単に行ってしまえば、妹が心配だから姉が見極めなければいけない。妹が見れないなら僕が、と。


「と言っても、僕も毒されちゃったんだけどね」


「ん?」


「マネージャーを募ったのは紫音の採用が決まってからの三日ぐらい後だったかな。そしてその前日にちょうど水月の家に行ってたところでさ。そこで聞いたのは片桐君にはどこかほっとけない感じがあるんだって、言ってたところだよ。なんでもそいつは新しいバイトを始めるつもりなんだと。その不安を自分が増長させてしまったんじゃないかと考えていたよ。まったく、何も知らない僕に慰めさせるなんて、やっぱり君は許せんな」


 キリッと睨みを聞かせた瞳で見つめられた。


「おかげさまでより一層君を精査しなきゃいけなくなったんだから。これから覚悟することだね紫音」


「なるほど。なら頑張んなきゃいけませんね」


 先輩も先輩なりに何か苦悩があったのだろう。もしかしたら本人はあの言葉が無責任だって思っているのかもしれない。

 ならいつかそんなことなかったって、思ってもらえるようにしないといけないな。


「それから先輩には会いに行ったんですか?」


「いや、少し忙しくてね。なんせ」


 俺に目配りしてくるあたりそう言うことなのだろう。


「なら次会ったときに言っといてあげてください。そんなことなかったって」


「おっと君はバカかい?そんなことしたら僕が君と接点があるって言っているようなものじゃないか。今まで君との接点がない私だから水月は話したんだろう。急にそれで接点が生まれたら、僕が君の新しいバイトの関係者だって言っているようなものじゃないか。秘密保持の契約だってあるんだ。無闇に他人に知らせるような真似はしないよ」


 確かにそうだ、当たり前っちゃ当たり前の話だ。

 そう思うと少し微笑みが漏れる。


「そう、ですね」


「何笑ってる!僕だってこういうところはちゃんとしてるんだからな!?」


「こういうところ以外もちゃんとしてくださいよ」


「それは言葉の綾ってもんだろー!」


 むすむすとした空気感漂うなか彼女は続けていった。


「それに君バイトが同じだっていうならそのときに自分で言えばいいじゃないか」


「それも……そうですね。助かります、お姉さん」


「僕は君のお姉さんじゃない!」


 話していくうちに笑顔の増える柚月さんは怒っているように見えて、よく笑顔を溢してていた。それが彼女なのだろう。


 そして俺は先輩に胸を張ってもう大丈夫だ、とそう言える時がきたらきちんと言おうと決心した。

 いつか言える時が来るまでしっかり覚えていようと。

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