松野涼子の独白


 パフォーマンスとして私は素晴らしいものを見せてもらっていた。

 そんな感想がただ何よりも初めに浮かんできた。

 画面の占有率はたったの三分の一程度しかないのに、そんなのお構いなしというくらいの圧巻な存在感を感じさせていたように思う。

 まるであと少しで手が届きそうなほどに近い存在が現れたとでもいうような、そんな存在感である。


 なぜあそこまで人間らしさを表現できようか。

 本来のモデルではありえない挙動を七々扇紫音はいとも簡単に成し遂げてしまっている。

 そして当の本人である片桐君はモデルそのままの容姿を持つ美青年。

 なんの冗談と受け取ればいいのか、七々扇紫音は片桐雫をモデルに作られたものであると物語ってしまっているようなものなのだから。


 ただしあくまでもこれは視聴者にはシルエットとしか知られていないし、中身も何も関係のないこと。

 それでもここまで心躍らせてしまうのは、魅せ方がうまかったのだ。

 礼に始まり礼に終わる、そしてその礼節に似合わないアクロバティックな動き。


 一見かみ合っていないかのように見えるパフォーマンスも、魅せ方によってここまで美しく見せてしまえるのは才能だろう。

 何より間の取り方がそんな空気感にさせてしまっているのだから。

 本来他人の目にどう映るかなんて気にすることがあっても本質的にどう見えているかなんてわかるはずがない。

 しかし、彼は人が自分のことをどう見ているのかがわかっているかのような、次元を超えた才を備えているように見えた。


 ふと私はすでにスタジオから機器を取り外し終えた彼を見て思い出していた。

 あの面接の時のことである。




 彼の書類を初めて見た時、また厄介な悪戯でも送られてきたものだと思っていた。

 実績の欄には両手で収まらない数の実績が細々と書かれていて、決して小さくはないコンクール入賞などそういったものが書かれている。

 そしてそれほど多くの実績があることも現実味を薄くしているのに、それぞれ別のジャンルで成績を残しているときたものだ。


 初めて見た時こそやっかみだと思い込んでいたが、一つ一つ記録を検索してみれば確かに"片桐雫"という名前が書かれている。

 それが二つ三つと書かれているのを見ていれば、嫌でもこれが事実なのだと分かった。

 さらに基本職業柄そこまで容姿を気にするものでもないのだが、明らかに他の人たちとは一線を画している。

 多くの実績を持ち、多方面の能力を持ち合わせ、容姿に優れ年も若い。

 それにも関わらずなぜこんな新興事業の、しかも社会的にまだ認知もされていないだろうこんな仕事にオーディションしているのだろうか。


 実績にあるように成績を残したコンクールや大会は決して小さいものではない。

 つまりはその道で一流に近い道を歩んできていたということ。それも多方面で。


 一見すればスポーツ選手、二度見てみれば芸術家、三度覗けば俳優顔負けの表現者エトセトラ。

 そんな彼を形容するなら天才、万能という言葉が似合う。

 さぞ未来のある少年と言えた。


 それが、そんな彼が、我が社へ来ようとしている。

 ――こんなの明らかに間違っている。


 彼は何かスポーツやピアノができない怪我をしている?

 彼は人に対するトラウマでも抱えている?

 何かの間違いで書類を送られてしまった?

 そうでなければこんな人材をこんな企業が保有しておくことにひどいに罪悪感を覚えてしまうことになる。


 きっとこのままいけば最終選考まで残って、必ず採用されるだろう。

 だが、しかし、それでも彼にはここではないどこかで輝いている方が幸せな気がするのだ。

 こんなまだ確立されていないものにはその能力は持て余されてしまう。

 彼が活躍する機会を、時間を無為に奪ってしまう。

 採用してしまっては彼自身のためになるはずがない。


 そう私は思っていた。

 面接の時初めて彼と顔を合わせた。

 写真で見るときよりスーツ全体の印象も相まって大人な雰囲気を醸し出していた。

 改めて見てみれば確かに七々扇紫音に似ていた。

 私はさほどその覚えを感じていなかったが、周りがよく騒いでいたものだから実際会ってみて初めにその感想が出てきていた。確かに似ている。

 顔はもちろんパーツが似ていることもあるのだろうが、なんだか雰囲気が自然なところがよりその気を醸し出している。


 私はそれから面接を始めていったのだが、その年の割に十分な社交性を身につけているのがわかった。

 何というかまだ高校を卒業して間もないといったところなのだろうに変に世渡りの仕方を心得ているような、そんな不釣り合いな社交性だ。

 もとよりこの面接で、私は彼を落とすつもりでいた。

 私の独断ではあるものの彼にはこの職場は良い意味で相応しくない。

 もっと可能性のある場所でなければその能力を活かしきれないのだから。


 だからだろうか、私は質問してしまっていた。

 別段面接としてはおかしいことではないのだが、本来聞くつもりではなかったこと。


「では次に、なぜあなたはこれまでの道を進まずに御社へこようと思ったのでしょうか?」


 彼は一瞬強張ったような雰囲気を醸し出していたような気がした。

 ただし彼の答えたことは、あくまでも当社への熱意や実績の数々を例に出してこれからの展望を推察した上での、よくあるありきたりな答えだった。


 もちろんこれは面接で本来そういう答えが返ってくるものではあるし、そこからいかに人間性を見出すかは我々の裁量にかかるものではある。

 ただ、それなのにどこかに引っかかりがあって、この巡りに何かを感じさせられていた。


 多分このままいけば順当に面接は終わって、順当に採用になるものを私が不採用にして終わるだけだろう。

 そう、順当にいけば彼は採用されてしまうのだから。


「では最後に、あなたはここで活動していく覚悟がありますか?」


 その時ふと彼の視線が私と重なったような気がした。

 顔はこちらを向いていたが決して視線をかわそうとしなかった彼の瞳が、私を捉えていた気がした。

 そして彼の瞳を私が捉えたと言っても良かった。


「あります」


 その瞳はどこか暗くて、どこか物憂げで、どこか焦点が定まってない場所を見ているかのような、そんな目だった。

 いやそんなはずもない、と彼の瞳を覗いてみれば、一瞬あったと思った視線ももうどこか彼方へ向いていて私のことは映していなかった。

 その黒い瞳にはもうその気は一切映し出されていないような気もした。



 そして彼が退出した部屋を私も退出して書類整理でもしておこうかと思っていたところ、背後には後輩であるところの木下柚月さんが迫ってきていた。

 一昨年入社したばかりで所属は違えどよく世話をしていたのを覚えている。

 その頃にはまだユナイトプロジェクトも始動していなかった。


「げっ、先輩。これは早めに退散に限るっ」


「げっ、とはなんですか柚月さん」


 私が振り返ると彼女はそれはもうピタッと足を止めて振り返っていた。


「これはこれは今宵もご機嫌麗しゅう」


「ごきげんよう。まだ昼時ですけどね」


「それも、そうですね。こんにちはですます」


「はい、こんにちは」


 彼女はその性格からかどこか可愛らしさを感じさせている。

 身長も平均的ではあるし、そこまで大人の魅力を感じないからか、どこか犬のような可愛らしさとでもいうのだろうか。


「柚月さんは休憩ですか?」


「あぁ、はい。そうなんです。なんか今会議室の方で観賞会があるらしくてそれに呼ばれて……」


「観賞会……?」


 そう復唱すると彼女はすぐに手で口を閉じていた。

 私は特にそういったことに干渉してこなかったのだが、それが余計に周りとの確執を生んでしまっているらしく、度々怖がられることがある。


「そ、その……、別にサボりとかそういうわけじゃなくて、これも仕事っていうか。休憩中も仕事していると言いますか。みんなも別に仕事してないってわけじゃなくて。あと会議室もちゃんと使用許可を貰ってるっていう感じでして……」


「はいはい、分りましたから。別に咎めようだなんて思っていませんよ。一体何の観賞会なのかな、と」


「あ、はい!アニメの鑑賞であります!あっ、アニメと言ってもアニメというわけではなくて、これも仕事と言いますか。決してアニメを見るために集まったというわけではなくてですね」


「わ、分りましたから、落ち着いてください、柚月さん」


 彼女は特に私にこういった面をよく見せる。

 そこまで人を恐怖させるような風貌ではないとは思ってはいるのだがあまり腑に落ちない。


 そこでアニメと思い、そういえばオーディションの二次選考の時に十分程度のアニメーションを送付したものがあったような気もすると思い出す。


「もしかして、今回のオーディションの?」


「は、はい。そうなんです!なんでもクオリティーが高いらしく、これまででいちばんの傑作だって」


「なるほど」


 私も面接の前に確認しておこうとおもっていたのだが、なかなか時間が取れず書類と睨めっこをしていたばかりに一つも審査できていなかった。

 せめて片桐君のものだけでも確認しておきたかったものである。


「それにしても、アニメーションってすごいですね。うちのタレントって結構芸に秀でた人が多いですけど、アニメーションなんか送ってくる人なんていませんでしたよね?」


「そうですね。多いのはやっぱり歌ですかね。ある程度の時間をカバーできて、そしてなお自分の声をアピールすることもできますから。一番簡単で魅力的に写るものでしょう」


「へぇ、そうなんですね。全然知りませんでした。でも皆さん歌お上手ですもんね。そろそろライブも予定しているとか」


 彼女のいう通り、そろそろ会場を借りての大型イベントになるライブを行う予定であった。

 参加者は初期の方に有名になっていった五人の女子たちで、今回は響也含めた男性陣は組み込まれていない。


「そうですね。まだなかなか世間的には厳しい目を受けられるものですから、このライブがどう転ぶか重要です」


「転ぶとか言わないでくださいよ。そんなことさせませんから!私たちがちゃんとサポートしてあげれば、あの子たちの力で大成功にしてしまえるんですから!」


「それもそうですね。私たちがあの子たちを信じてあげなければいけませんよね」


「はい!それはそうと、先輩も行きませんか?きっと面白いですって」


 そういうと彼女は満面の笑みで私を誘っていた。

 せっかくなのでこの際に見ておこうと思った。


「では私もついていきましょうか」

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