変化の一日Ⅳ
巡る今日はあれから一週間も経っていないが珍しくバイト以外の予定の入っている土曜日である。
まぁ、辿れば実質バイトの用事と言えるのかもしれないが。というか最近になってこれはバイトじゃないんじゃないかとも思い始めてさえいいる。
募集要項に毎日配信ができること、と書いてある以上もうそれは労働力の伴わない仕事に他ならないんじゃないだろうか。
まぁ、いまでも週5日で働いているわけであるのだが。
「こんにちは、片桐雫さん。どうぞお座りください」
「失礼します」
まるで就活かのようにスーツで模った俺であるが、この面接の果てにあるのは会社員とは程遠い活動なのだと考えると、この過程自体がなかなかのギャップに感じてしまう。
「ではまず、実績の方のことについて自己紹介も交えてお願いできますか?」
「はい、私は片桐雫、今年で十九才になります。小、中、高一貫の学校に通い、今年卒業しまして現在御社の業務への関心と形態への興味で足を伸ばさせていただく運びになりました。小学時代に水泳の五十mフリー全国ジュニア選手権三位、中学に全国ピアノコンクール優秀賞、高校時代は弓道三段の習得及び、選手権大会準優勝をしており、その他細々としたコンクール実績は書類にある通りです」
過去の栄光ではあるが、こう口にしていうとなんとも薄っぺらく感じてしまうのだろう。
何かに熱心になった結果、俺は何かを得るより失っていった。
「……」
しばし面接官である彼女の口が紡がれるとやっと重い腰を下ろしたかのように話し始める。
視線は自然と面接官を向いていなければならないこともあり、ずっと彼女のネクタイの位置をのぞいている。
「次に、なぜ当社なのでしょうか?」
「弊社の事業の一部であるバーチャルライバーに対する興味関心及び、未来への新たな可能性を見出したからです。いまでこそバーチャルライバーは閉塞的な文化ではありますが、これから市場が拡大していくにつれより注目を集め、未来への新たな道の可能性を持つものだと考えています。弊社の業務理念でもある、新たな可能性を、仮想から現実の手へというテーマへの深い感銘を受けた次第でもあります」
彼女は質問したはいいものの、俺の答えを聞くなりまた書類に目を通す。ほかにも合間合間に質問が繰り返されながら俺は静かに答えていった。
「もしあなたが当社での活動をするとしたら、どのような活動を行おうと考えていますか?」
その質問に心の中で逡巡すると一応考えている活動を赤裸々に伝えた。
なかなかこれまで配信というものに触れてきてこなかったが、この期間中色々と特色のある配信者たちを見てきた。これまでいろんなことに興味を持って熱心に取り組んだものだが、その結果何かを失っていった。
それは熱心に取り組んだ分の熱量がいつのまにか何かに消えてしまったのか、それとも何か違うものがいつのまにか消えているのかもしれない。
もし、俺がこの配信という活動に興味を持って取り組んでしまったのなら、それは何か成果を成してしまった時、なにか失ってしまうのだろうか。
「では最後に…………」
スーツも堅苦しく、普段閉めない首元に違和感を感じながら陽の元を歩いていた。
今日はこの後配送のバイトをしてもいいのだが、最近木下先輩に苦言を呈されることもある。
それに奇跡的な出会いなのか、仕事の時間帯を把握しているのか、俺の選んだ依頼に先輩がいたことがあり少し恐ろしさを感じてしまった。
俺がいる時間を狙って依頼したのか。または数ありゃ当たる精神でいつもUEで食事を済ませてしまっているのか。
一応年上でもあるのだから健康には注意した食生活を心がけてほしいものである。
とりあえずそう先輩に苦言を呈されたこともあり、なにかしようと思っていることも今はない。
一度家に帰って着替えてから街の方を散歩でもしようか。
一応都内ではあるが、都心というわけではない少し住宅街が密集している地域にアパートは構えられているため、こういった都心に出向く用事では自転車で来ることがほとんどであるのだが、今回は正装しなければならなかったこともあり電車である。
時刻は昼時で、平日ということもあり、スーツを着た自分のような営業マンが多いが、私服の学生も多いように思えた。
そういえば自分もつい先日と言っていいくらい最近に卒業式を終えているのだ。
学生は新学期が始まるまでのしばしの間春休みの期間なのであろう。
「ねぇ、シンネン聴いた?」
「あぁあの絢辻さんの!まだあの歌覚えてないんだよね」
「しかもMVも自分で撮ってるんだって。歌だけでもすごいのに、ダンスもすごければめちゃくちゃ綺麗なんだもん。女優顔負けみたいな」
「ねぇ、スタイルもいいし、ほんと綺麗」
最近の女子高生のミームたるや女優やらイケメン俳優なのかと思っていたが、今は女優顔負けな歌手が有名なのか。
「あっ、ほらあの広告!あれも絢辻さんがモデルしてる化粧品の広告だって」
「わぁ、ほんと綺麗。絢辻さんってほんとなんでもできるよね。完璧っていうか、クールな感じ」
「それが魅力だよね〜、大人の魅力って感じ?」
「トーク番組とかも出てくれたらいいのにね」
そろそろ電車が訪れると思う頃にホームに電車のアナウンスが流れる。もう数分とかからずに電車が着くのだろう。
「なぁなぁ、昨日の響也の配信見た?」
さっきの女子高生とは違う方向から男子高校生と見える学生群から声が聞こえてくる。
ただし、今回の話題は俺にとっても近しいものだった。
「いや、途中までしか見てなくてさ、何かあったん?」
「それが最後の方に告知があってさ。新しいライバーが出てくるんだってさ!今回は男らしいぜ?」
「あれ?ツイッターに告知あったっけ?」
「いや、響也が間違えて口走っちゃったせいでそのまま告知になっちゃったから、まだ正式な告知じゃないんだよな」
「なんそれ、キョーヤらしい」
それで済まされるのはいいのか分からないのだが、まぁ響也の人徳あってこそなのだろう。
「それに最後の方にやっとランクアップしてて、そん時はめちゃくちゃ神エイム炸裂しててすごかった」
「もともとエイムはめっちゃいいのに突っ込み癖が甚だしかったもんな」
彼らが話すのは俺が先ほど面接してきた企業の一ライバーである、響也と呼ばれる人である。
トーク力もさることながら、モデルも銀髪の高身長で線は細いながら端正な顔つきをしたモデルである。
声はハスキー気味であるものの、感情の起伏が激しく、常に少年心を忘れない青年といったイメージだ。
彼は一年も前から活動し続けており、チャンネルの登録者数は二十万人に届き、三十万人目前といったところであるところの、いわゆる大御所である。
俺も彼の配信を幾度かのぞき、アーカイブも隙間時間に見ていたのだが、確かに人を魅了する声にトークが合わさっていたように感じた。
ゲームの腕もいい感じらしいし、ゲームに対して真剣に取り組んでる様子が少年心とともに垣間見えて、何より気持ちの良い配信だったのを覚えている。
俺もこういうものに巡り会えたら少しは違ったのかと思うほどには。それほどまでの影響力がある物だと感じていたものである。
その会話を片手間に聞いていたら電車が目の前に現れてきていた。いまいちまだ文化が浸透しているかは分からないが、少なくとも知っている人間がいることが認知できただけでもよかった。
それに、生放送を見ている時も思っていたが、視聴層は案外男子が多いのも事実なのだろう。
バーチャルライバーには女性もいることからそっちの方に男の層が集まっていると勝手に思い込んでいた時期もあったが、事実は特に男女で差なんてなく、それぞれの個性が現れた視聴者たちだった。
――もし受かっていたら、俺はなにをするのだろう。
さっき考えていたような活動をするのだろうか。響也のように人に何かさせたいと思うような影響力を持つような人間になれるのだろうか。
それとももっと簡単で無難な道を選んで細々と活動していくのだろうか。それは今の俺にはわからなかった。
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