第2部

はじまり

どうしたものか。俺はさっきから一足一刀の間合いのまま、なかなか攻めあぐねていた。剣先が交差し当たる音と足さばきの音だけが武道場に妙に響く。思い切って仕掛けるか?悩む、どこを突けば…ふいに山本先輩が後ろに下がった。俺はそれに習い、下がる。山本先輩はしのぎで俺の中心を逸らそうとしてくる。俺も負けじと力を込める。あっ、間違った。気づけば、見事に裏を取られた俺は思いっきり面を打たれてしまった。


B子の家の剣道場で俺は先日のインターハイ個人戦で見事優勝を果たした山本先輩から誘われて稽古をつけてもらっていた。休憩のため、防具を外し、剣道場前の庭の方へ歩いていく、はー、庭から剣道場へ入ってくる風がとても気持ちいい。


「ふー。まだまだ甘いのー。」


思いっきり山本先輩からなじられる。うーん。悔しい。ついていくのに必死になりすぎて見事にそれを逆手に取られてしまった。


「まったく自分ももうちょいはよシャキッとしっとたら俺が主将に推薦しとったのに。」


なんなんですかそれ。そんなことを考えていたなんてびっくりした。それに俺は主将って器でもないしなー。いったい何を思ってそんなことを言っているのやら。


「それはちゃうぞ自分。だいたい最初から主将なやつなんておるか。人をまとめるゆうんわ、そないな簡単なことやない。周りの人らと一緒に自分を主将ゆうもんに作り替えていくんや。」


俺の頭の中には?マークが浮かんだ。やっぱりリーダーシップのとれる人ってのは最初からそういうもんなんじゃないのか?やっぱり。


「まったく物わかりの悪いやっちゃのー。要するに自分一人が出来ることは、ほんまに限られとるっちゅうことや。せやから、人は支え合わなあかん。もちろん、その言葉に甘えて、自立せんでええゆー話やないで、ゆーんが合っとるんかな?うーん。上手いこと説明したいんやけど、思いつかん。まぁ、自分はそんままキバって、周りのみんなに与えられるようになるとええの。俺も自分に負けんようにキバらなあかんな。」


はぁ。と山本先輩の言葉をどう捉えればいいのか分からず、生返事してしまった。


「なんや、意味分からんのか?」


いや、分からなかった訳ではなかった。ただ何なんだろう?山本先輩自身が悩んでいるような不思議な違和感を感じたのだった。山本先輩にどう伝えていいか分からず、まごまごとしてしまっている俺を見つめる山本先輩は右頬を人差し指で掻きながら、こう続けた。


「頑張っとる後輩にええ言葉を言うつもりやったんやけど、逆に見透かされてまうとは思わんかったな。俺はなー、そのっちゅう言葉に悩んどるんや。自分やったらどー説明する?」


自立。そりゃやっぱり、自分でなんでも出来るようになったり、目標の為に自分から動けるようになるってことなのかな。漠然と頭に浮かんだイメージを山本先輩に伝えてみる。


「やっぱりそうなるんよな。けど、俺とか自分はたまたまそれに気付けただけや。」


ふと、少し前の自分に思いを馳せる。あの時だったら、自立という意味をどう考えていただろう?目標も何もない状態で自分で立つって何なんだろう?うーん、そう言われると途端に難しい質問のような気がしてくる。


「そない強いやつばっかじゃない気がしてのー。昔の自分にさっきの話しても全然ピンと来んし、逆に噛みついてまう自信があるわ。俺と自分はちゃうってな。単純に目の前のことに一生懸命打ち込むだけで見える景色なんやけど、それが出来んやつも仰山おる気がしてのー。」


言い訳だったら楽に思いつくからなー。与えられるのが当たり前で、つくづく甘えてる。だから、世の中辛いばっかなのに。昔の自分を思い返す。とても哀れに思えた。


「けど、って言えるんかなって思ってな。楠田にそれゆーたら、"頭おかしいんじゃない?"って割と本気で心配されたんやけど、自分やったらどう思う?」


気付いたもんだけに優しい世界はいい世界じゃないってことは、気付かなくても幸せになれる世界がいいってことだよな。でも、それじゃあ、努力した人が報われなくなってしまう気がした。なんて言えるんだろうか?どうにも、山本先輩の言葉の意味が分からない。多分、山本先輩の言いたいことはそんな事じゃないのは分かるんだけど、どうにもピンとこない。正直に聞いてみる。


「そうなんよなー。問題はそこなんや。そのが曲者なんよなー。自分今、なんやよー知らんけど、プログラミング部の部室に行ったりして一生懸命なんかしよるみたいやけど、それを努力してるって言えるか?」


えっ?俺?ってかそんなとこまで見られてたのか。そういや部活終わってそのままプロ部に行ったりしてたからな。うーん、あんなもん努力って言えるのかな。努力ってもっと辛そうなイメージなんだよなー。


「そう答えてくれるやろって期待しとったわ。やないと、この続きが喋られへん。そりゃ相手に対しては努力したんやなとかは言うで。やけど、俺は自分は努力しとるって自分で言うやつは、それが嫌いなことやのに、それをごまかす為に言っとるだけやないかと思っとる。けどなー、そうやないと生きられへん事情とかもあるやんか、きっと。やからそれをまるっと否定することも出来ん。やから悩ましいんや。俺かて、今、学生やからこんなこと考えられるだけで、いざ大人になったら"何、甘えたこと抜かしとんねん。"ってなるかも知れん。せやけどなー。もっと人は自由でいい気がするんよな。みんなが好きなことを一生懸命やる社会。」


うーん。なんとなく山本先輩の言いたいことは分かったような気がした。けど、本当にそうなったら世界はどんな風になるんだろう。ちょっと前の好きなことが見つからなかった自分も見つけられただろうか?正直分からなかった。でも、周りの人にたまたま気づいてる人がいたから俺は変われたと思えるのは紛れもない事実だと思った。


「ただなー、楠田に言わせれば、みんなそんな風になったらそれに乗じてみんなを騙そうとするやつとか逆に楽しようとするやつが出てくるからどうせ一緒なんやと。やから、結局は気付くしか無いんかなーって堂々巡りが始まってまうねんな、これが。けど、なーんか方法がある気がしてのー。」


山本先輩のそんな言葉を聞きながら俺は、変わるきっかけになったおっさんの言葉を思い出していた。。みんなが山本先輩のような考えになったら世界は変わるんだろうか?うーん。だとしても、どうやって世界中に伝える?やっぱり世界は今のままなのか?でも、山本先輩は周りのことまで気にしてるんだな。俺は俺のことで精一杯なのに。


「何よー、あんたたちもうサボってるのー。せっかくスイカ切ってきたのにー。サボってるやつに食べさせるのなんか勿体ないわね。」


ちょうど話が一段落というところで、庭の奥の母屋からB子と楠田先輩が出て来た。B子がスイカが盛られた大きな皿を持っているのが見える。小声で、


「楠田たちには今の話は黙っといてな。楠田にまた妙に心配されると敵わんからな。」


と伝えてくる山本先輩。あーこの人は本当に楠田先輩のことが好きなんだな。そんなことが俺の頭の中を駆け巡った。



スイカを食べ終えた俺たちはそこから2時間程度稽古をしてお開きとなった。



片づけをすると言って聞かない先輩二人をいいですからと言って見送った俺とB子は二人で剣道場の掃除をしていた。


「そういえば、先輩は大学とか将来のことってどんな風に考えてます?」


唐突に質問を投げかけてくるB子。将来かー。正直自分にとってその質問はまだ答えるのが難しかった。楽しく過ごす?今思いつくのはそれくらいだった。


「なんですか、その答え?」


B子は笑いながら俺の答えに突っ込んでくる。俺、何にも考えてこなかったんだよなー、正直。別に何にも考えなくても普通に今まで生きてこられたし。けど、お前とか先輩たち見てたらそれじゃいけないなって。だから、まず自分が見えてるところで目標決めてやってみようかなって思ってる。とりあえず、まずは二重世界でお前を助けられるくらい強くなるのが第一の目標。恋人を作るという現時点での俺の最上の目標はさすがにB子に言うのは照れ臭かったのでやめておいた。


「助けられるくらいって、この間の花火大会の時、助けてくれたじゃないですか。」


あれはたまたまだし。それにその後のダイブでは助けてもらってばっかだし。あっそうだ。そのダイブ自体もB子か栄子に未だに連れて行ってもらってるから、一人でダイブ出来るようにもなりたいな。それに、二重世界についての研究ってのも気になってて、この前、江藤君に資料見せてもらったりしたけど、難しかったんだよなー。その勉強もしたいんだよな。こんな感じの答えしか思いつかなくてごめんな。俺はB子に謝った。多分、B子は何年後には何をして、その何年後にはこれをとか、そういう未来設計の話を聞きたかったんだと思うが、あいにく、その答えを今の俺は持ち合わせてはいなかった。


「もう、謝らないでくださいよ。それにさっきの楠田先輩の言葉の意味が今ちゃんとわかった気がします。ありがとうございます。」


ん?俺と山本先輩が稽古してる最中に何か二人で話したんだろうか?俺は多分、不思議そうな顔をしていたんだと思う。B子は笑いながら、


「ふふっ。じゃあこれからどうします?お昼まだですけど…あの…どこか一緒に行きます?」


そうだなー。【一茶丸】にでも行くか?


「あっ、いいですねー。」


俺たちは二人で昼食を食べに【一茶丸】へ行くことにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る