藤宮和雄 2

 学校が終わるとすぐにアルバイトをしなければならなかった。そうしなければ毎日の食事はおろか学校の用具を買うのもままならなくなるのだ。

 家に帰ると父がだらしなく寝そべりながらテレビを見ていた。熊のような巨体の持ち主なので、家の家具全てが小さく見えた。

「お前さ、今いくら銀行にある?」

 テレビに目を向けたまま、唐突に父が聞いてきた。

「金はもうない」

「は?」

 父がゆっくりと振り返った。

「金は、もうあんたが全部使っただろ、馬に」

「まさかあれで全部だったのか?」

「全部」

 父の顔が歪み、立ち上がった。ゆっくりと僕の方に歩み寄ってきた。一歩踏み出すたびに、ボロアパートの床が軋む。

「毎日バイトをしているのにこの程度しか稼げないのか?それとも持っているのにないって俺を騙しているのか?」

「騙してなんかない」

「そうか、じゃあちょっと財布見してみろ」

 そう言うと父は強引に僕から財布を奪い取り、中を漁った。

「ほんとになんにもねぇな」

 父が舌打ちをしながら財布を漁っていると、ふと指が止まった。

「なんだこれ」

 そういうと父は一枚の紙を取り出した。それは銀行の利用明細票だった。背筋が凍った。必死に父からその紙を取り戻そうとしたが、高校生になっても、ひ弱な僕は父には勝てず、突き飛ばされてしまった。

 父は鼻で笑い、明細票に書いてある残高を数えた。

「やっぱり嘘ついてやがったな、残りが五万。こんなにありゃあ今度こそ勝てる。おい、今すぐこの金おろしてこい。全部だ」

「この金は、僕が必死で貯めたものだから……」

 反論するが自分の声がかすれていくのが分かった。

「だから?」

「……渡せない」

 言い終わるや否や自分の顎に鈍器で殴られた様な衝撃が走った。顎の骨が音を立てて軋んだ気がした。

 思わず僕はひっくり返ってしまった。

「誰のおかげでここに住めていると思っているんだ?誰のおかげ毎日飯が食えると思っている?今までお前を育ててきてやったのは俺だ。それなのに俺が困っていてもお前は見て見ぬふりをするのか?」

 父が大声でまくし立ててきた。それと同時に拳骨も作っていたので、鈍器で殴られたような衝撃の正体が父の拳だと遅れて気付いた。

「毎月あんたには充分なくらいお金を渡してるじゃないか!それでも金が無いのはあんたが散々ギャンブルに溶かしてるからだろ!」

「黙れよ。使えないゴミ野郎が」

 父は、丸太の様な足で僕の脇腹を蹴り上げた。

これ以上殴られると体が持たないと思ったので、僕はしぶしぶ自分の金を下ろしに行った。銀行から金を下ろした後、この五万でどこか遠くへ逃げて、そのまま縁を切ってしまおうかと思ったが、現実的ではないので止めた。

 何もかも無駄である。

 子は親を選べない。

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