百二十九話 シャリア王国の闇・七

 「あなたたちの頭領は……、ドックルファさんはどこかしら?」

 

 部屋に入るなり飛んできた厳しい視線に、キャスは見苦しいほどに怯んでみせる。

 

 余裕がある風に装うようなこともできなかった。

 

 馬鹿な下っ端盗賊――イャリスのような――と違って、キャスは“テト”の名を知っている。

 

 テト・オレアンドル。

 

 ――かの老英雄ヴァルアス・オレアンドルの愛娘。

 

 ――シャリア王国が誇る冒険者ギルドの中でも最大規模を誇るスルタ冒険者ギルドにて、長年副ギルド長の地位に君臨する女傑。

 

 そして……

 

 ――かつて十歳という幼い時分に、発展途上の交易都市で路地裏を統べた裏社会の伝説的存在。

 

 どれ一つをとっても、怯まずに余裕を見せていられるような要素ではなかった。

 

 英雄と呼ばれる領域の冒険者とその弟子や信奉者、冒険者ギルドと繋がりのある権力者が持つ兵力、それらに盗賊ギルドは押しつぶされ、そして逃げおおせてもどこかの路地裏で背中を刺されて死ぬことになるだろう。

 

 そんな未来を一瞬のうちに幻視したキャスは、震える手を背中側へ隠しながら口を開いた。

 

 「わ、わたし、が、このキャス・ピンスが、い今は盗賊ギルドの頭領……ギルド長だよ」

 

 たどたどしくもはっきりと名乗り上げたのを聞いて、テトは視線を落として考える素振りをみせる。

 

 そこは王都内にある歓楽街でも中心部に店を構える酒場兼娼館の中にある一室で、普通の客は入るどころか近づくことすらできない特別豪華な部屋だった。

 

 豪華であると同じくらい堅牢であるということも、そして盗賊ギルドが直営する店であるが故に人払いが容易であったということも、ここがテトの監禁場所に選ばれた理由だ。

 

 「交代したのね……、確かにドックルファさんは高齢だったけれど……」

 

 けれどの後に「我々は聞いていない」という意思を視線に込めて寄こしながら、テトはなおも思案する。

 

 既に出されていた紅茶を時おり優雅に口元へ運ぶテトは、警戒も怯えもまるで表に出していなかった。

 

 それは「私に手を出せばどうなるかわかっているな?」という余裕であり、キャスとしては全くその通り、どうなるかは分かっているからこうして監禁という名の厚遇をしている。

 

 「(しくじった……っ!? 父さんのいない冒険者ギルドが何とか建て直せて気が抜けていた!)」

 

 だがキャスには計り知れないところで、実のところテトの方も動揺していた。

 

 ドックルファと友好関係にあったとはいえ、盗賊ギルドとの会合に一人で赴き、そして拘束されるなど、失態以外には言い表しようがない。

 

 とはいえ新ギルド長を名乗った目の前のキャスが目に見えて怯えていることが、活路であるとテトには見えていた。

 

 なんとかして冒険者ギルドへと事態を知らせることさえできれば、タツキを筆頭とするヴァルアスも認めた古豪や、ヌルたち有望な若手がスルタ冒険者ギルドには控えている。

 

 「余裕を見せていられるのも今のうちだよっ!」

 「……?」

 

 突然に声を張り上げて睥睨してきたキャスに、テトは内心を慎重に隠しながら不思議そうな表情を向けた。

 

 「スルタ冒険者ギルドへは秘密裏に交渉人を送った。副ギルド長がここにいるんだ、今後は本来ふさわしい関係に移行する約定をのんでもらうよ。それに……」

 

 まさかの冒険者ギルドへ事態を知らせるという難事の解決に、反射的に口角を上げそうになったテトは、ぐっと唇を噛んで耐える。

 

 それを悔しそうな表情と見たキャスは、さらに言葉を続けていった。

 

 「それだけじゃないよ。退いたからってあのヴァルアス・オレアンドルは捨て置けないからね、手を打たせてもらった。ガーマミリア帝国の北部でのんきに商売を始めているそうじゃないか、そこにはうちのギルドでも“最悪”の刺客を向かわせたよ!」

 

 テト拘束という報告を聞いてから、必死に考えて打った手を語るうちに、キャスは気分が良くなってくる。

 

 特にこのヴァルアス対策については、シャリア王国の外にも盗賊ギルドの情報網は及んでいること、そして敵対組織の関係者は“元”であっても逃さないという執念深さ、そうした犯罪組織らしい恐ろしさを象徴していると自負していた。

 

 「……そう」

 「は?」

 

 だがテトの反応はそれきりで終わる。

 

 「(父さんの方は直接に刺客を送ったというなら問題は無し、と。あとは冒険者ギルドから救出が来るまでなんとか私の身の安全を確保することが目標ね)」

 

 自分に挨拶をしようとヴァルアスがノースをとっくに発っていることなど知らないテトは、戦闘能力において絶大の信頼を寄せる父のことは頭から外して今後の算段をし始めた。

 

 「――っ」

 「…………」

 

 怯えの何割かを一気に不機嫌さに変えたキャスが乱暴に扉を開け閉めして退室していく様を眺め、テトは少ない選択肢から打てる手を思い浮かべるのだった。

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