百二十八話 シャリア王国の闇・六
シャリア王国の王都シャリアスにある盗賊ギルド本部。
それはつい先日できたばかりのものだった。
というのも、かつては前ギルド長であるドックルファ・テネアンが根城としたこの場所――目立たない武器防具屋の地下施設――は、あくまでも盗賊ギルド長がよくいる場所でしかなかった。
本部などという概念そのものが新ギルド長に収まったキャス・ピンスが作ったばかりのものであり、つまりは掟と恐怖によって繋がってきた盗賊ギルドをより機能的に組織化しようという試みを表している。
キャスには腹案があった。
いや一度は幹部陣に提案したことがあるために腹案ともいえないが、とにかく、こうすれば盗賊ギルドはより発展することができるという具体的な展望が見えている。
「姉御はやっぱり違いやすねぇ! 早速にこんな!」
「姉御はもうよしなよ。わたしのことは頭領って呼びな」
「へいっ、キャス頭領!」
調子のいい部下の言葉に、ごますりだとわかっていてもキャスの口は緩んだ。
その部下が示していたのは名前が連ねて記された書類だ。
それはギルドに所属する盗賊たちの名前であり、当然それが盗賊ギルドの名簿だとはわからないように適当な名義が偽装として書き添えられていた。
盗賊ギルドを強固な組織とするためにキャスがまず始めたことがこれであり、新ギルド長への従属を誓わせる儀式も兼ねている。
このことは組織規模を目に見える形とする効果もあり、自分たちが手にしたものの大きさを眺めながら、キャスについてきた若手盗賊たちは気分を良くしているのだった。
「あの老害……、何が裏稼業は煙に徹しろ、だ。古いんだよ」
キャスがドックルファの口癖であり哲学でもあった言葉を吐き捨てる。
王国や冒険者ギルド、そして一般人たちのめこぼしによって存在を許されているという側面のある盗賊ギルドは、纏まれども形はなく、見えれども掴めない、そんな実体の無さを保たなければならないという意味だった。
「(当面の問題はスルタ冒険者ギルドだね。あそこを適当にあしらっておけば、国王に状況を把握されるのも遅くなるはず。その間にギルドをしっかりと纏め上げて、おいそれとは手出しができないように……)」
人差し指の第二関節を甘噛みしながらキャスは思考する。
キャスはドックルファが繋がりを長年維持してきた冒険者ギルドを嫌っていたが、侮ってはいなかった。
なにより、スルタの貴族、そして王国の最大権力者である国王にこの事態を知られるのは遅ければ遅いほどいい。
そろそろ訪れるはずであるスルタ冒険者ギルドの使者を、どう言いくるめて追い返そうかと算段を始めていたところで、キャスの鋭い聴覚は騒ぎを聞きつけた。
「何事だい!?」
声を荒げたキャスに応えるようにして、部屋の扉が開かれ、どこか浮かれた息の切らせ方で名前は知らないが顔は見たことのある部下が飛び込んでくる。
その部下の、どこか飼い犬がネズミを捕まえて見せに来た時のような雰囲気に、キャスは喉の奥がきゅっと小さく鳴るのを感じた。
「イャリス、どうした?」
一瞬だけ机上の書類へと目を落としたキャスが名前で問いかけると、キャスやその取り巻きに比べるとやや年かさのその盗賊はさらに露骨に嬉しそうに表情を緩める。
「スルタ冒険者ギルドから来たあばずれを捕まえやした!」
「あば、ずれ……?」
事態を察しながらも受け入れがたかったキャスはとぼけた言葉で聞き返した。
「へい。テト……なんちゃら、とかいう偉そうな女でさぁ」
「――っ!?」
深く静かに計画を進行させているという自身の思惑は、儚くも幻想に過ぎなかったと気付いたキャスは、目を大きく見開いて息を呑んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます