百二十七話 シャリア王国の闇・五

 「全部放り出してきた……だと? 時期的にはちょうど会合が終わったころじゃないのか。まさかと思うがテトにちょっかいなどかけてはいないだろうな?」

 「は?」

 

 唐突に冷えた雰囲気に、ドックルファは間抜けなくらいに戸惑う。

 

 長年スルタ冒険者ギルドで働いたヴァルアスの認識では、今がちょうど盗賊ギルドと冒険者ギルドの間で水面下の会合を実施する時期。

 

 そして盗賊ギルド長と繋がりがあったヴァルアスが引退している以上は、スルタ冒険者ギルド側の代表として的確なのはテトをおいてほかに思いつかなかった。

 

 冒険者ギルド側で盗賊ギルドの不穏な動きを察知していれば十分な護衛――この事態であればおそらくはタツキ・セイリュウ――がつくはず。

 

 しかし冒険者ギルド側への忠告など後始末を一切せずに、そして後任者へのけん制も用意せずにドックルファが放り出してきたというのであれば、何も知らないテトが単独で出向くことも考えられた。

 

 ヴァルアスとしても自身の引退による影響で、定例の会合が遅れているであろうことは予想できている。

 

 そして直近で会合をしていたのなら、ドックルファを追い出すという不穏極まりない気配をテトが察知しているはずで、この状況になっているということはまだ会合が実施されていないことを裏付けていた。

 

 つまり、このドックルファを追い出し、冒険者ギルドとの関係を疎ましく思う現在の盗賊ギルドへ、テトが何も知らずに向かったのではないかと、ヴァルアスは思い至ってしまっていた。

 

 それをにわかには受け入れられず、目の前のドックルファに対しては、彼が引退する前に会合が行われていたという前提で物を言ってしまっている。

 

 しかし、現実はヴァルアスの受け入れたくない予測を肯定する。

 

 「いや……、ヴァルアスが抜けてごたごたしたスルタとは少々と連絡が滞ったからな……。ようやく近々会合ができるとなっていた……、ところ…………だ」

 

 言いながらドックルファもようやく気付いた。

 

 自分が御しきれず、暴走状態と言っていい現在の盗賊ギルドへ、目の前の老英雄の愛娘が向かうのではないかという可能性に。

 

 もちろんそれは可能性のひとつだ。ヴァルアスが祈るように考えたように、タツキやそれに匹敵する護衛を連れている可能性だって存在する。

 

 だが、大丈夫じゃないかもしれないが、大丈夫な可能性も十分にあるから落ち着け、とは目の前で表情が抜け落ちたヴァルアスへ向けて言うことはできなかった。

 

 「お、おいっ」

 

 肩を掴んでぐいっと乱暴に押しのけてきたヴァルアスへ、ドックルファは抗議かあるいは言い訳を言い募ろうとする。

 

 掛かっているものの重大さを考えると、問答無用で殴り飛ばさなかったのは意外だと、隣で見ていたティリアーズは感じていた。

 

 だがヴァルアスとしても、いくら無責任なドックルファにはらわたが煮えくり返る想いであるとはいえ、一方的に非難するということはできない。

 

 若手の不満を軽視し、後手に回った結果として自身が引退に追い込まれる、ということ自体には身に覚えがあるからだった。

 

 あるいは、あからさまにその事への不満を表出させるドックルファに対して、うらやましさすら感じていることを自覚もしている。

 

 「ティリアーズ、悪いが行き先を変えるぞ。……あと少し急ぐ」

 「ええ、わかっているわ」

 

 そしてそのまま飛ぶような勢いで走り去ってしまった。

 

 「おい……、あのお嬢ちゃん……」

 

 この時になって、ヴァルアスの連れの頭にあった、圧倒的な力の象徴に気付いたドックルファは、事態の深刻さに身震いする。何故か片方が無かったそれは、ドックルファの立ち位置からは見えていなかったのだ。

 

 老英雄が怒り狂って暴れるだけでも盗賊ギルドは壊滅しかねない。が、そのことはドックルファとしては「ざまぁみさらせ」としか感じていなかった。

 

 しかしかの竜族が傍らでともに暴れるとなれば、王都が壊滅しかねない。

 

 他人からの評価はどうあれ、義賊を自称してきたドックルファとしては、それはさすがに知らぬふりはできなかった。

 

 「と、とにかく、儂はスルタへ向かってみるか」

 

 北へと向けていた足を交易都市がある方向へと向け直して、ドックルファはそう決める。

 

 同年代のドックルファからすれば理不尽なくらいに壮年時代の身体能力を維持するヴァルアスが走り去った以上は、もはやこれから王都で起こることは“手遅れ”だ。

 

 だからせめて、最悪の事態でないことを祈りながら、ヴァルアスが本来目指していた目的地に向かうことにしたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る