百二十六話 シャリア王国の闇・四
ノースから出発したヴァルアスとティリアーズは、のんびりと景色を楽しみながらもさほどの日数も掛けずにシャリア王国へと入っていた。
かつてヴァルアスが北上してノースまで旅した時のように行く先々で事件に出会うことが無かったうえに、人化状態であるとはいえ竜族と、もはや人族ならざる半竜半人の英雄の二人にとっての“のんびり”は速い。
「疲れてはいないか?」
「ええ、大丈夫。ヴァルも……元気そうね」
疲れているはずもないし、聞いたヴァルアスも竜族の体力を低く見ている訳でもないが、聞かれたティリアーズは微笑み返していた。
そうして街道をすれ違う商人や冒険者が思わずほっこりとする――その大半は二人の見た目から仲のいい祖父と孫だと思っていたのだが――雰囲気を振り撒きながら、順調にシャリア王国内を南下していく。
もう少し行けば炭鉱町ゴロが見えてくる。そしてそこを過ぎればスルタまでもうすぐだ。
そんな状況をティリアーズにも伝えようとしていたところで、ヴァルアスは不穏な気配を察知した。
「……む」
「誰かしら?」
「アンスロポスの老人。男性です」
訝しむ二人に向けてリーフが理術によって探知したらしい情報を伝えてくれる。
しかしティリアーズも向こうから不機嫌そうにやってくる人物が誰であるかをそれほど気にしたという訳ではなかった。
老いてはいても明らかに腕の立つ空気をまとった人物が、怒りを露わにして歩いてくる。
そんな状況とは何事であろうか、という疑問だった。
そしてヴァルアスの方はと言えば、さらに別のことが頭中を占めている。
「ドクか……あれは? いったい何事だ」
足を止めたティリアーズが不思議そうな顔をヴァルアスへ向けると、こちらも既に立ち止まっていたヴァルアスが記憶を探るように視線を上げながら口を開いた。
「あいつはドックルファ・テネアンだな。王都の盗賊頭領で……、まあ昔からの悪友ってやつだ」
そう言われてティリアーズが改めて見てみると、大分近づいてきたその人物の外見はヴァルアスと同年代であり、苛立ちを隠さない態度とは裏腹に隙の無い所作も随所に見て取れる。
「盗賊頭領?」
疑問をそのまま口にしたティリアーズの声に答えようとしつつ、ヴァルアスは下ろした視線を再びドックルファの方へ向けた。
「王都には盗賊ギルドって組織があってな。まあコソ泥どもの集まりなんだが……。あのドクも昔は加減を知らん悪党だったが、色々あってからはそこでギルド長として連中の抑制役をしている」
“色々”という部分で、若く粗暴だった頃のヴァルアスが暴れている光景を思い出して身を震わせたティリアーズだったが、続く言葉を口にするよりもついにそのドックルファが目の前まで来る方が早かった。
「ヴァルアスか……? お前何でこんなとこに……」
スルタ冒険者ギルドでの出来事は当然把握しているのであろうドックルファは、始めはヴァルアスの顔をまじまじと見ながら疑問を口にして戸惑い、次いでその向かう先がスルタへと続いていることに口端を歪めて笑う。
「あぁ、ドクもあれか、引退か?」
「まぁ、そうだな……、そうなった」
そんな態度にドックルファの状況を察したヴァルアスが、薄々気付いている相手の勘違いを正すより前に確認すると、老いた盗賊は渋々と頷いて見せた。
ドックルファはヴァルアスが復讐のための襲撃にでも向かうと思っているのだろう。
そしてそんな思考に先の表情が浮かぶということは、ドックルファの方もヴァルアスと似たような“引退”をしたのではないかとヴァルアスには察せられた。
「ギルドのガキどもめ……、あの、恩知らずどもめ……っ!」
続いた恨み言でヴァルアスは大体の経緯も把握する。
要するに、同じ目に遭った様子だった。
「あいつらはスルタの冒険者ギルドとの繋がりを築いた儂の功績も否定しやがった! 腹が立ったから全部放り出してきてやったわ! ヴァルアスももうあんな奴らは好きにして構わんぞ」
話している内に気分がマシになってきたのか、ドックルファは朗々と語る。
「……っ!?」
そしてそんなドックルファが気付いていないヴァルアスの表情の変化を見て、ティリアーズは戦慄した。
冒険者ギルドとの繋がりを否定する連中に明け渡したというドックルファがこんなところを歩いているということは、スルタ冒険者ギルドに、そしてその副ギルド長にも危険がある状況を放置してきたということ。
状況と、そして冷気すら伴うほどの凄烈な空気を漂わしていることからして、ヴァルアスが怒ったことは間違いがない。
だがティリアーズが横目に窺って見えたのは、驚くほどの無表情なのだった。
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