百二十五話 シャリア王国の闇・三
シャリア王国の王都シャリアスは、規模や活気という面では商業的な中心である交易都市スルタと変わりない。
しかし伝統とそれによってもたらされる格式において、新興の街とはやはり差があるのが事実だった。
そして何事にも光の側面があれば闇の側面もあることは、言うまでもないような当たり前のことであり、それはシャリアスに対しても当てはまる。
スルタでは発展の立役者である二人、圧倒的戦闘能力のヴァルアス・オレアンドルとずば抜けた政治力のガネア・スルタ・ソータが清濁併せ飲みつつもうまく発展させてきたが、王都においては濁の方があぶれて淀みとなってしまっていた。
その淀みの名は盗賊ギルド。
その名の通りに盗人たちの互助組織であり、どう言い繕おうとも犯罪組織だった。
負の伝統であるともいえるその存在は、庶民から見れば恐ろしくそして疎ましい存在でありながら、悪の中にある最悪を押さえるある種の“蓋”として機能もしている。
そんな盗賊ギルドの中でもさらに抑え役としての機能を果たしてきた存在といえば、もちろんそれはギルド長であり、現ギルド長は数十年に渡ってこの椅子に座り続けているドックルファ・テネアンだった。
「どういうつもりだぁ、お前ぇら……っ!?」
そのドックルファは今、若い頃に英雄と戦ってぼろ負けした時以来といえるほどの怒りをまき散らしている。
場所は王都にある目立たない武器防具屋の地下、そこは盗賊ギルドの隠れ家の中でも最重要の、ギルド長が根城とするところ。
そして相手は部下であるはずのギルド員たちであった。
盗賊の隠れ家であるとはいえ、ギルド長の居室でもあるここには、それなりに訪れる者も多い。
しかし、突然に大勢で押しかけるなど普通の用件でないことは明らかだった。
「頭領! あんたには辞めてもらう!」
「あぁん! なんだぁっ」
扉からぞろぞろと入ってきた若い盗賊たちの先頭で、とりわけ若い女盗賊が張り上げた声に、ドックルファはその本性を取り繕うこともなく睨み返す。
その女盗賊の名前はキャス・ピンスであるとドックルファは記憶していた。
盗賊としての腕と、一対一での戦闘能力は一級品。しかし自信過剰な性格は問題で、まだまだ幹部へ取り立てるような器でないとギルド上層部では認識されている。
とはいえ、ギルド長に顔と名前を憶えられている若手、というだけでも有望な証拠ではあり、それが後ろに引き連れた人数として表れていた。
「冒険者ギルドと繋がるような奴にはついてけないんだよ! わたしらは地下を這いずろうとも誇り高き盗賊だ! 表の連中にへつらうようなのはもう我慢ならないって皆言ってんだ」
「“あの”スルタ冒険者ギルドと関係を持ててんのは儂のおかげだろうが。ガキが知ったような口でナマ言ってんじゃねぇよ!」
声量あるドックルファの大喝だったが、人数を背にして気が大きくなっているのか、あるいは元からの精神的な強さなのか、キャスの表情は微塵も揺るがない。
「いくら頭領だからって、同じギルドの仲間にガキだなんてよく言えたね! そんならあんたこそ老害じゃないかいっ!」
「そうだ! 去れ! 老害は去れ!」
「キャスこそ頭領にふさわしい!」
キャスの啖呵に続いて、ドックルファからすれば顔も覚えていないような連中から投げかけられる罵倒に、大した時間も必要とせず老盗賊の堪忍袋の緒はぷちんと切れた。
「うっせぇぇ! こんなもん儂の方から願い下げだ! 今すぐ出てってやらぁ!」
そう言って盗賊ギルドの頭領であることを示す証である薄汚れた鞘に収まるナイフを机上に叩きつけたドックルファは、そのまま部屋を、そして隠れ家を出て行ってしまう。
「「「「「わぁぁぁあああ!」」」」」
勝利に酔う若手たちの歓声を背に、長年務めた職から去るドックルファの頭の中には、時期的にそろそろ来るはずのスルタ冒険者ギルドからの使者のことなど、すっかりと消えてしまっているのだった。
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