百二十四話 シャリア王国の闇・二
ノースからスルタへ向けての出発を前に、ヴァルアスはオレアンドル商店に寄っていた。
店主がアカツキ諸国連合へ行っていた間に完成した店舗の前では、唯一の従業員であるブランが見送りに出ている。
「任せてばかりで悪いな」
「いえ、問題ないですって! ゆっくりとしてきてください」
笑顔で胸を叩いて見せるブランに、ヴァルアスも安心して頷いた。
実際のところ、ガーマミリア帝国では異質なこの冒険者商売が、まだ出だしとはいえ軌道に乗っているのは店主がヴァルアス・オレアンドルであるということが大きい。
だから日々の詳細な仕事については、若くともひよっこではないブランがいれば、十分にこなせているというのが事実だった。
そういう訳で、憂いなく再び店を留守にしようと身をひるがえしかけたヴァルアスは、ふと思い出して足を止める。
それを見てブランも「なんだろう?」と首を傾げて待った。
「そういえば伝え忘れていたが、アカツキに行った時に三人組の冒険者に声をかけたから、もしかするとそろそろ訪ねてくるかもしれん」
「はあ……」
今一つ具体性に欠ける情報に、ブランはさらに首の角度を深くする。
「一応は従業員候補として誘ったつもりだが……、向こうの考えってのもあるだろう。仕事だけでも欲しがるようなら斡旋と案内くらいはしてやってくれ。ガーマミリアの事情にも疎いだろうしな。あと、実力は十分な連中だ、そこは信頼していい」
「おぉ~、ヴァルアスさんがそこまでいうならよほどの凄腕でしょうねぇ」
「まあ、な。確か……デッド、ラカン、クルミ、という三人だ」
何度か頷いて聞いた名前を記憶に留めようとしているブランを視界の端で見つつ、今度こそヴァルアスは出発に向けて足を進め始めた。
*****
ヴァルアスがブランに後を任せていたちょうどその頃、シャリア王国の交易都市スルタにある冒険者ギルドでは副ギルド長、つまりはヴァルアスの娘であるテト・オレアンドルが書類や筆記具の詰まった鞄を抱えて出掛けようとしているところだった。
「何かあれば迷わずタツキさんを頼るように。判断がつかないようなことは先延ばしにして私の帰りを待つこと……」
「はい、……はい」
ギルド長室にて一通り注意し終えたテトは、おとなしく頷いていた現ギルド長ヌル・ダックの顔を、最後にじろっと眺めてから部屋を後にする。
「よしっ」
そして残されたヌルはというと、以前よりはやつれ方がましになった顔に力を込めて、業務に取り掛かった。
テトやギルドのベテラン連中からすれば相変わらず頼りなくはあっても、ヌルもそれなりに“らしく”なってきている。
それ故に、しばらくはスルタを離れていなかったテトが、王都へと向かう仕事に手を付けられるようになったのだった。
スルタ冒険者ギルドとして水面下に繋がりのある王都の犯罪組織――盗賊ギルド――との会合だ。
弱者を狙う犯罪を抑制し、社会に溶け込めないような人間たちの受け皿となっている側面もあるとはいえ、盗賊ギルドは真っ当とはとてもいえない組織であり、表の存在である冒険者ギルドが親しくして良いという相手ではなかった。
しかし、そんな必要悪ともいえる盗賊ギルドと繋がり、スルタを治める貴族であるソータ家とも間接的な疎通を持たせる。
それは貴族と王家の間にしっかりとした上下関係が存在するシャリア王国においては、最終的に国そのものと、そうした地下組織の間にも細くとも確かな繋がりを維持することに他ならなかった。
元は路上孤児であってそうした存在にも精通するテトが副ギルド長であり、そして盗賊たちからすらも尊敬されるヴァルアスがかつてはギルド長であったスルタ冒険者ギルドが、その役を担うというのは合理的な帰結であったといえる。
そしてそんな危険といって差し支えない相手との会合に、テトが一人で向かうことの理由も、スルタ冒険者ギルドが任されている理由の一つと同じだった。
それは盗賊ギルドのギルド長であるドックルファ・テネアンが、若い頃に一度捕縛されて以来ヴァルアスの友人であり、幼い頃から知るテトのことも可愛がっているからだ。
傍から見ると非常に危険で緊張感のある仕事でありながら、どこか楽観的な雰囲気でスルタをテトが発つのは、こうした理由であり、いってみれば“いつもの仕事”に過ぎないからであった。
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