百二十話 希少素材を求めて・十三

 結果的には大きな危機もなく問題を乗り越え、目当ての素材も手に入れたヴァルアスは、依頼主が待つススキへと帰ってきていた。

 

 今後について手を差し伸べる提案をしたデッドたち三人は、この場には居ない。

 

 さすがにあの状況で即決はできなかったようで、「とにかくこの国からは去るが、色々と考えたい」ということを三者三様に口にしつつその場で別れたのだった。

 

 互いに冒険者であるよしみとして、ヴァルアスが彼らの依頼主や請け負った背景について深く聞くことはしなかったことが、逆に引け目となってしまった部分もあったのかもしれない。

 

 とはいえ、それはヴァルアスにとって気にしても仕方のないこと。

 

 今はサラサの向こうで、普段は感情が薄い印象のあったゼツが、頬擦りでもし始めそうな表情で受け取ったウォーターリザードの背びれを確認している姿が重要だった。

 

 「問題ないようだな」

 

 ヴァルアスとしても、暴走状態になったウォーターリザードから背びれを剥ぎ取って納品するなど初めての事だったために、素材の質については不安もあった。

 

 だがそれは大丈夫であったと、今度は何もない中空へ向かって、何やら専門用語らしき言葉をぶつぶつと呟き始めたゼツを見ていれば確認できる。

 

 そしてヴァルアスの視線に釣られて、短い間ゼツの方を見ていたサラサが、小さな苦笑を浮かべながら向き直った。

 

 「そうですね。さっき話を聞いた時は冷や汗もんでしたけど……」

 

 今回の経緯については、デッドたちのことも含めて既にサラサへと報告済みだ。

 

 先を越されたという場面でははらはらとし、何者かの介入で逆鱗が破壊された場面では怒りと焦りを見せ、そして見事に打ち倒したところでは控えめに手まで叩いたサラサは歳相応の少女らしい振る舞いだった。

 

 だが一通りの話を聞き終え、内容を咀嚼したらしい今のサラサは、少し達観した……祖母のタキにも通じるような、妙に冷静な目をしているように見える。

 

 「…………仙丹会やと思います」

 「あいつらの依頼主か?」

 

 聞き返したヴァルアスに対して、サラサはこくんと頷いて肯定した。

 

 言葉にするまでに間があったのは、予測に過ぎない情報を伝えても良いものかと検討していたのだろうとヴァルアスは考える。

 

 だが、聞き返したことへ頷き返すまでの時間の短さからすると、サラサの中ではほぼ確定していることは明らかだった。

 

 そしてヴァルアスとしては、疑いも、そして驚きもない。

 

 事前に何かを察していたらしいタキ・レンジョウインに対しての、「なら何か手を打っておけよ」という個人的不満が増したくらいだ。

 

 「……」

 

 ふと、ヴァルアスはサラサから目を逸らして遠くへと視線を向けた。

 

 それは湿地帯の方角であり、今更ながら妨害の痕跡が気になってきたという行動。

 

 もちろん軽く調べてはきたが、理術や火矢を射かけてきた相手の手掛かりは何も見つかっていない。

 

 「調べても、何もでぇへんと思います。仙丹会としても、あたしの評判を下げられれば儲けモン、くらいの感覚のちょっかいでしょうから……」

 「そうか」

 

 動作から意図を察せられたヴァルアスは、サラサの言葉であっさりと調査を諦める。

 

 商人のことは商人が、そしてアカツキ諸国連合のことは現地人が、少なくとも冒険者で他国人のヴァルアスよりはよくわかっているだろう、と。

 

 「なので、キキョウへ帰りましょう。目的は果たせた訳ですから」

 

 そわそわとし始めたゼツへと再び目を向けたサラサが、帰還を宣言した。

 

 雇われの身であるヴァルアスとしては異を唱えることもなく、しかし別で考えていることはあった。

 

 「その仙丹会がサラサを直接狙うことはないんだな?」

 「そんなあほなことするはずありません」

 

 非常に巧妙に気配を隠してキキョウからついてきている存在も思い浮かべて、ヴァルアスは納得して続ける。

 

 「ならこれ以降に何かしてくるとしたらワシに対して、だな。後から警戒しつつ追いかけるから、先に出発してくれるか?」

 「そんなことも……してこぉへんとは、思います、けど。……わかりました」

 

 ヴァルアスからの提案に、どこか納得しきれない様子は見せつつも、同時に有無を言わさない気配も感じ取ったサラサは素直に受け入れたのだった。

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