百十九話 希少素材を求めて・十二

 「…………」

 

 ウォーターリザードが完全に動きを止めた後、どこかおずおずとした様子でヴァルアスに近寄ってきた三人は、無言だった。

 

 何をどういえばいいのか分からない、というのが表情からありありとみてとれる。

 

 ヴァルアスと今回の雇い主であるサラサが、皆が手を出さないでいた魔獣に私欲から手を出したせいで、アカツキ諸国連合の中央部に壊滅的な被害を出す。……おそらくはそうした筋書きを考えた何者かが手を出してきたことは明らかだった。

 

 その何者かというのが、国の上層部そのものに不満を抱く不穏因子か、あるいは桔梗会に取って代わることを画策する勢力か、そこまでは今のヴァルアスには想像しかできなかったが。

 

 そうした筋書きの一部であることは明白なデッドたちが、この事態を五体満足で乗り切った老英雄に顔向けできないのは無理もなかった。

 

 しかしこうして気まずそうにしながらも、逃げるでも追撃をするでもないという現状が、ヴァルアスにとっては彼らの立ち位置を推察する材料となる。

 

 「ふむ……、やらかしたようだな」

 「――っ!」

 

 デッドははっと顔を上げて、大きく息を呑んだ。

 

 “やってくれた”ではなく、“やらかした”という言い回しが示す意味。それはデッドたちが首謀者の思惑そのものに乗った訳ではなく、あくまでもその計画に駒の一つとして利用されてしまったと認識しているということだった。

 

 自分たちから必死になって言い訳をしたところで、言えば言うほどに嘘くさくなるだけだ。

 

 そう考えたデッドはどう振る舞うべきか苦悩していた。

 

 だから、こうした言葉がヴァルアスの方から出るとは思ってもいなかった。

 

 「申し訳ない。迷惑を掛けた……」

 

 自分たちの状況は察してくれている。そう気付いたデッドは素直に謝罪し、ラカンとクルミも後ろで頭を下げる。

 

 「一緒になってしてやられたワシがいうことでもないが……、冒険者として甘かったな」

 

 特に魔獣や悪人との戦闘が含まれるような仕事において、冒険者の失敗は誰かの生死にもつながる重大なこと。

 

 だからこそ、シャリア王国ではギルド長を務めたヴァルアスは、情報収集や時には危険を察知する勘のようなものまでも重視して取り組んできた。

 

 今回のことでいえば――結果論ではあるが――ヴァルアスにとってはウォーターリザードの暴走も危険度が増すという程度の不安要素にすぎなかったが、デッドたちにとってそれは致命的で対応能力を大きく上回るものだった。

 

 その観点で、依頼主を盲信し、その上でもしもの事態への備えもなかったことは、冒険者として“やらかした”と言われて反論できることではない。

 

 「とはいえ、どうする?」

 「あ……」

 

 少し雰囲気を変えたヴァルアスの言葉にデッドは喉が詰まったように小さく呻いた。

 

 別に今回の責任を問われた訳ではないことは、デッドも理解している。

 

 これからどうするのか?という見立てを問われているのだった。

 

 元より実績ある冒険者パーティの彼らが、一度の失敗でそう大きく名声を落とすということはない。しばらくの間、多少の影響はあるにしても、それだけだ。

 

 だが、ヴァルアスの予想では小規模な組織ではなく、そして実際の出来事から推察するに優しくも誠実でもないデッドたちの依頼主が、この後で彼らに何も仕掛けないとは到底思えなかった。

 

 そしてヴァルアスは、困った表情を見るためにそんな質問をしたという訳ではない。

 

 「今後の当てがないなら、ガーマミリア帝国のノースという町を目指せ。そこにあるオレアンドル商店という冒険屋を訪ねてこい」

 「冒険屋……? オレアンドル……?」

 「そう、ワシの店だ。お前らなら実力は十二分だからな、仕事に困らんようにくらいはしてやる。それか……シャリア王国の交易都市スルタにある冒険者ギルドへ行くのも良いが……、いや、あそこだとワシの名前を出すと逆効果かもしれんが……」

 

 唐突な提案にラカンとクルミは戸惑って顔を見合わせていたものの、ヴァルアスの真正面に立つデッドは言葉の後半に目を逸らして頬を掻く様を見て、「これほどの英雄でも何か気まずいことなんてあるんだな……」とどこか的外れなことを思っていたのだった。

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